ツルのひとりごと

Vol.15 温故知新とPDCAサイクル

温故知新(おんこちしん)という4文字熟語がある。孔子とその高弟たちの言行をまとめた「論語」にある言葉である。原文では「温故而知新、可以為師」で、読みは「古きを温めて(たずねて)新しきを知れば、以って師為るべし」となる。「温故知新」の意味は「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること(広辞苑)」である。人の上に立つ師になるには、そうしたことが必要だと孔子は説いたのである。

なぜ温故知新を取り上げたかというと、最近官庁や企業などで事業を推進するときによく使われているPDCAサイクルという手法の考え方に通じるところがあると、ふと考えたからである。PDCAはYMFSのチャレンジャーたちにも研究や競技力向上を進める上で推奨している手法だ。そしてチャレンジャーたちは人の上に立とうとしている人たちだから、温故知新も大切な言葉だ。

PDCAはアメリカの物理学者のシューハートとデミングが 第2次大戦後に生産物の品質管理の手法として考案した手法で、Plan(計画)、Do( 実行)、Check(評価)、Action(改善)のサイクルを回していって、事業の質を高めていくという考え方である。

温故知新の故は古と同じで、ふつうはかなりの年月を経た物事に使う言葉だろうが、最近のことを含めてこれまでにあったことどもすべてをよく調べて、これからすることを考えると解釈しても間違えではないだろう。そう考えれば温故知新も、PDCAも相通じるところがあるというのは、こじつけというほどではないだろう。

まさかアメリカの物理学者二人が論語を読んでいたとは思えないが、賢人の考えることには今も昔もそう変わりはないのであろう。

人は未来を夢見がちであるが、人がこれまで作り上げてきた長い歴史の中にも、また自分がこれまで成長してきた過程の中にも、そしてこの数日にしたことにも、今からすることへの基盤となるものがあり、また改める必要なものもある。それをしっかり考えた上でこれからの目標と計画を立てて、あるいは見直して、次の実行への新たな1歩を踏み出せ、というのが「温故知新」であり「PDCA」サイクルなのだろう。

しかし、私のような年寄りの凡人は、昨日も今日も明日も平々凡々と無為に過ごすだけだが、それもまた良し、というのが最近の偽らざる心境である。

(このコラムは、平成27年6月に発行したYMFSスポーツチャレンジ助成会報誌Do the Challenge Vol.13に掲載された内容を転載したものです。)

プロフィール
浅見 俊雄(あさみ としお)

埼玉県出身。東京大学卒業。東京大学名誉教授・日本体育大学名誉教授。元国立スポーツ科学センター(JISS)センター長、日本サッカー協会顧問、アジアサッカー連盟 規律委員会・審判委員会 副委員長など。元YMFS理事・審査委員長・調査研究担当理事