ツルのひとりごと

Vol.10 この道一筋

この道一筋という言い方がある。匠の技とか職業の一分野とか、学術、芸術とか、若い時から一つの比較的狭い専門分野にただ一筋に打ち込んで、その奥義を究めるところまで突き進むという生き方をこう呼んでいると私は理解している。人の生き様というか生き方のモデルとして、特に日本人には好まれるというか、自分もそうありたいと願っている人が多い生き方ではないだろうか。YMFSの助成を受けている競技者や研究者たちも、自分の競技種目でひたすら精進して、世界のトップに登りつめたいとか、自分の選んだこの研究分野で新しい知見を見出して、世界的な業績を上げたいと、一筋の道を一歩一歩目標に向かって前進し続けている人が多いと思っている。

私もこうした生き方は素晴らしいと思うし、この道一筋で功なり名遂げた人には尊敬の念を抱く一人ではある。しかし同時に、こういう生き方だけが成功につながるのかということに、ちょっとした疑問も持っている。何かこの道一筋という人には、頑固さというか、一徹というか、それが人間としての魅力でもあるのだが、悪く言えば頑迷固陋、偏屈、視野の狭さといった人間性の幅の狭さにもつながりかねない一筋の道を歩んで行ってしまう人もいるのではないかと思うのである。

一筋の道を進みながらも、時には来し方を振り返ったり、ちょっと立ち止まって道辺の名もない野草の花を愛でたり、時には横道にそれたりするといった、遊び心とでもいうべき気持ちのゆとりがある生き方の方が、人間らしい生き方といえるような気がするのである。そして時にはこれまで歩んできた道ではなく、別の新しい進むべき道が見えてきて方向転換することだってあっていい。もちろんちょっと寄り道はしてみたが、迷った挙句、元の道の良さがはっきりしてそこに立ち戻ることだってあっていいことだ。こうした遊び心、迷い心も人間らしい心の在り方だ。

私自身は、スポーツではサッカー一筋ではあったが、競技者としても審判員としても世界に羽ばたくところまではいけなかった。また研究者としても世界にちょっと顔を出すことはできたが、やはり高く羽ばたくところまではいけなかった。まあスポーツと科学とを結びつけるという面では、国内では多少仕事ができたのかもしれない。こうした私の生き方は、さまざまなことに興味を持って、2兎も3兎も同時に追いかけてきた結果なのである。その結果1兎も得られなかったことは確かなことであるが、振り返ってみれば、その時々にいい思い出がたくさんできたと思っているし、成長の糧は多く得ることができたと、全く後悔はしていない。そしてまだまだ何匹かの兎を追いかけるつもりでいる。

結局どういう生き方をするかはあなた自身が決めることなのだが、後で振り返って、あのときこうすればよかったと後悔するような生き方だけはしないようにと心から願っている。

(このコラムは、平成25年8月に発行したYMFSスポーツチャレンジ助成会報誌Do the Challenge Vol.8に掲載された内容を転載したものです。)

プロフィール
浅見 俊雄(あさみ としお)

埼玉県出身。東京大学卒業。東京大学名誉教授・日本体育大学名誉教授。元国立スポーツ科学センター(JISS)センター長、日本サッカー協会顧問、アジアサッカー連盟 規律委員会・審判委員会 副委員長など。元YMFS理事・審査委員長・調査研究担当理事