ツルのひとりごと

Vol.09 大脳をもっと有効に鍛えよう

先日、右脳を全摘出したアメリカの少女の話をTVで見た。少女は中学生の頃だったろうか脳腫瘍で右脳の半分ほどを摘出したが、再発して右脳を全摘出した。手術は成功したが、もちろん左半身が全く動かないのをはじめ、さまざまな障害が残った。しかし懸命のリハビリを続け、普通の少女と全く変わりなく、生活も学業も送れるようになった。そして大学にも優秀な成績で進学し、学生生活も普通以上に楽しんでいるという番組だった。しかも、芸術的なセンスは右脳にあるというその右脳がないのに、歌も歌い、楽器を弾き、絵画も描いているという。それも、いずれも常人どころではない高いレベルだという。ちょっと前のことなので正確ではないが、だいたいこんな話であった。

大脳については最近科学的解明が急速に進んではいるが、本当はどうなのかまだ十分には解明されていないことが多いようだ。かなり以前から大脳の細胞数は140億といわれていて、私もその数で覚えているが、大脳皮質のごく一部の細胞数を数えて、皮質全部の数を推計したものなので、大雑把な数であるようだ。また右脳、左脳の役割についても、科学的にすべてが解明されているものではないようだ。

いずれにせよ、この少女の話は事実なので、大脳の半分をなくしても、全部が健全な人にも負けないどころか、より素晴らしい機能を左脳だけで発揮しているということになる。左脳と右脳は神経支配が交差して、左半分の身体機能は右脳が、右半分は左脳が支配しているというのは事実だから、それもどこかで神経線維がつながって、左の方の機能も残っている左脳が支配できるようになったということなのだろう。 以前にこれもTVで、両手をなくした人が、足で箸を使って食事をしたり、同じように筆を足に挟んで見事な字や絵を描く映像を見て感心したことがあったが、今回のTVで改めて大脳の可塑性というか可能性の大きさを思い知ったのである。

前から大脳にある140億個の脳細胞のうち、実際に使っているのは数パーセントとか、天才といわれるような人でも10パーセントにも満たないということとか、脳の細胞は毎日10万個ほどづつ死滅していって、再生も新生もしないということは聞いていたが、今回のTVを見てこれほど大きなキャパシティーを持っている大脳のごく一部しか使っていなかったこれまでの私の80年近い人生を、改めて恥じ入るばかりである。

スポーツで世界のトップに羽ばたこうとしている人たちにとっても、スポーツ科学の分野で、未知のことに挑戦してそのメカニズムを解明し、その成果を人の幸せに役立てようという研究者にとっても、また老若男女を問わず、人生の様々な面でチャレンジしていこうというすべての人にとっても、せっかく大きな可能性を持っている自分の大脳をより賦活して使えるかどうかが、成功へのキーファクターなのであろう。

私も、この年では新しく使う細胞よりも死んでいく細胞の方がずっと多いのだろうが、まだまだ少しは大脳を有効に使っていければと思っている。

(このコラムは、平成25年5月に発行したYMFSスポーツチャレンジ助成会報誌Do the Challenge Vol.7に掲載された内容を転載したものです。)

プロフィール
浅見 俊雄(あさみ としお)

埼玉県出身。東京大学卒業。東京大学名誉教授・日本体育大学名誉教授。元国立スポーツ科学センター(JISS)センター長、日本サッカー協会顧問、アジアサッカー連盟 規律委員会・審判委員会 副委員長など。元YMFS理事・審査委員長・調査研究担当理事