ツルのひとりごと

Vol.12 運動・栄養・休養

運動、栄養、休養の三つは、人間だけでなく、動物全般にとって、生きていくために必要不可欠な3大要素であるといっていいだろう。この三つのための主たる動作を動詞で言えば、動く、食べる、寝ることだといっていい。動物は生きていくために体を動かして餌を捕まえたり採ったりしてそれを食べて体に必要な栄養を取り、また逆に餌にならないように体を動かして逃げ、動くことで疲れれば、ねぐらを作ったり探したりして寝て休む。人間も動物だから、この三つが日常の生活を正常に営んでいくための重要なものであることに変わりはない。

しかしこの三つの中で、食べると寝るについてはそれをするための食欲と睡眠欲の本能を司どる中枢があって、それによって行動を起こしているが、運動には運動欲といった本能の座はない。自然の中で生きている動物は、本能の欲求に従って食べ、寝ているが、その本能を満足させるために体を動かしているのである。

その中で、人間は知恵を発達させてきたことにより、農耕や牧畜を始め、機械文明や経済の仕組みを発展させて、あまり体を動かさなくても、食や睡眠を十分にとれる方策を作り出した。しかしいいことばかりではなかった。特に食に対する本能の欲求は強く、よりおいしいものを、しかも必要以上に食べてしまう方向に進みがちで、その反対に体はあまり動かさずに楽をしたいから、エネルギー出納のバランスが崩れて、内臓系に起こるメタボリックシンドロームや、運動不足に起因する運動器系のロコモティブシンドロームによる健康障害が発生するようになった。

しかし、人間の知は、労働や戦いに使っていた身体運動から、スポーツという文化を作り出した。このスポーツを日常生活の中で楽しむことが、メタボやロコモの予防にとって重要なツールとなっている。

同時に、スポーツで本人の持つ可能性の追求や、さらには人間の体で発揮する能力の限界への挑戦をしようとする競技スポーツの競技者にとっては、消費したエネルギーの補給や体組成を改善していく材料として、食事の質と量は極めて重要な要素であり、また消耗した心身を回復させるための睡眠を中心とする休養も不可欠の要素となっている。

スポーツをする人たちにとっては、そのレベルに関わりなく、運動、栄養、休養をどうバランスよく適切な内容でとっていくかが重要なことになるだろう。同時にスポーツを研究対象にしている科学者にとっても、この三つは重要な研究課題であるといってよい。

科学者にとってはこのどれかに関わるピンポイントの課題が研究対象となるのだろう。その時に重要なのは、組織や細胞、あるいは物質の変化や働きなどのミクロなところに研究の焦点があったとしても、それだけに関心を払うのではなく、それが人間総体にとってどういう意味を持っているのかを常に考慮に入れておく必要がある。

スポーツをする人も、スポーツを対象に研究する人も、その結果が人間が総体としてよりよく、より幸福になっていくことに役立つものであってこそ、それをする意義があるのだといえる。

(このコラムは、平成26年4月に発行したYMFSスポーツチャレンジ助成会報誌Do the Challenge Vol.10に掲載された内容を転載したものです。)

プロフィール
浅見 俊雄(あさみ としお)

埼玉県出身。東京大学卒業。東京大学名誉教授・日本体育大学名誉教授。元国立スポーツ科学センター(JISS)センター長、日本サッカー協会顧問、アジアサッカー連盟 規律委員会・審判委員会 副委員長など。元YMFS理事・審査委員長・調査研究担当理事