ヤマハ発動機スポーツ振興財団(YMFS)の主要な事業であるスポーツチャレンジ助成事業には、アスリートや指導者などの体験助成と、スポーツ関連の研究者に対する研究助成とがあるが、いずれもそれぞれの分野で世界に羽ばたこうとチャレンジしている若い人材を、さらに大きく育てることを目的にしている。
羽ばたくの意味を広辞苑で引くと、「鳥が両翼を広げてうつ、比喩的に、広く世界に飛び立つ」と説明されている。鳥のひなは卵からかえってすぐには飛ぶことはできず、親鳥から餌をもらって成長していき、やがて翼を開いてバタバタと打つようになる。これも羽ばたくとはいうのだろうが、まだ飛び立つことはできない。そしてやがて羽ばたきを力強く、うまくできるようになってくると、空へと飛び立っていく。巣立ちである。そして距離や高さを次第に増やしていき、自由に大空を舞うようになっていく。
YMFSの世界に羽ばたくという意味はなんだろうか。そして助成をすることで何を期待しているのだろうか。鳥は孵化した雛鳥のすべてではないがかなりの割合で大空を自由に羽ばたけるようになっていく。アスリートや研究者を志した若者のうちのかなりの部分が、努力する必要はあるが国内レベルではそこそこに活躍できるようになっていくであろう。しかしただ巣立った近くの大空を羽ばたくだけではなくて、世界に羽ばたくとなると誰でもというわけにはいかない。努力してチャレンジすることは絶対に必要だが、それに加えて素質と環境にも恵まれなければ、世界の空を堂々と飛び回ることはできないだろう。
その環境の一部である金銭面で少しではあるがお手伝いするとともに、素質の質の向上に、というか本人の気づいていないかもしれない素質への気づきになるような外からの刺激を与えられればということと、そして本人のチャレンジ心の一層の強まりを応援することで、有為な人材の育成に多少でも貢献したい、というのが、YMFSの基本的理念だろうと私は思っている。
もちろん助成対象者の全てが世界に羽ばたけるようになるとは思っていない。しかし、あるレベル以上の人ならば(助成対象者はみんなそうだ)、誰でも大きな可能性を持っているものだと思っている。目標を持ち、それに向かってチャレンジする強い心を持ち、計画を立てて実行すれば、さらに高みへ、遠くへ飛翔していくことができるものだ。
もちろん大きく世界に羽ばたいてくれればYMFSの事業に関係している一人としてこんなにうれしいことはないが、多くのチャレンジャーが世界をのぞけるぐらいには高く羽ばたいて、より多くの人に何らかの良い影響を与えられるような人材に育ってくれれば、YMFSの人材育成の事業の使命は果たせたことになるといえるだろう。
この文章はYMFSの助成対象者を意識して書いたものだが、同時に世界へ羽ばたこうとチャレンジをしているすべての人たちへのメッセージでもある。
(このコラムは、平成24年11月に発行したYMFSスポーツチャレンジ助成会報誌Do the Challenge Vol.5に掲載された内容を転載したものです。)
プロフィール
浅見 俊雄(あさみ としお)
埼玉県出身。東京大学卒業。東京大学名誉教授・日本体育大学名誉教授。元国立スポーツ科学センター(JISS)センター長、日本サッカー協会顧問、アジアサッカー連盟 規律委員会・審判委員会 副委員長など。元YMFS理事・審査委員長・調査研究担当理事