文部科学省が毎年体育の日に発表している体力のデータから、東京オリンピック以降の子供の体力の推移を見ると、はじめの20年ほどは児童、生徒の体力の合計点が上昇傾向を示していたが、1985(昭和60)年頃をピークに下降傾向に転じ、ここ数年で低下に歯止めが掛かり、種目によっては上昇の気配を示していることがわかる。
しかし種目ごとに見ると、握力や走跳投などのエネルギーの出力が決め手になるもので、しかも様々な運動の基本となる種目では、現在も停滞傾向が続いているものが多いようである。こうしたことから子供の体力づくりの重要性が広く叫ばれているが、私は子供の遊びや運動、スポーツの目的が体力向上にあるという短絡的な誤解を生むことになるのではと懸念している。
体力は、子供にとっても大人にとっても、より健やかによりよく生きていく上で重要なものであり、だからこそその低下が問題となっているのだが、体力さえ向上すればいいというものではない。体力の向上だけが目的ならば、体力トレーニングに特化した運動を定期的に実施すれば、確実に向上するだろう。しかし子供はそうした運動だけで運動をやることに喜びを感じるだろうか。体育の時間にそうした運動ばかりやらされて体力は向上しても、体育嫌い、運動嫌いになるだけだろう。
別のデータを見てみよう。山梨大学の中村和彦さんは、幼稚園児を対象に1985年と2007年に年少、年中、年長児を対象に基本的な動作7項目が上手くできるかどうかをそれぞれ5段階で評価して、動作の習得度を比較した研究を発表している。これによれば07年の年長児が85年の年少児と同じ程度の動作習得度であったという。言い換えれば幼児期の動作の発達がこの20年ほどの間に2年ほどの遅れが出ているということである。
中村さんの2000年に発表した別の研究によると、調査時点での小学生と、その両親、祖父母の小学生時代の下校後の遊び時間は、小学生では男女とも親や祖父母の頃に比べて半分以下になっているという。また屋外での遊びも、極端に短くなっている。そして遊びの内容は、男子の50歳以上の小学生時代はメンコ、ビー玉、かくれんぼ、野球が上位であるのに対して、現代の小学生はテレビゲーム、サッカー、野球、自転車、カードゲームとなっている。そして女子はお手玉、縄跳び、かくれんぼ、おはじき、鬼ごっこから、テレビゲーム、一輪車、おえかき、バレーボール、縄跳びへと変化しているという。
いずれも主として外で体を動かしてやる未組織の遊びであったものが、家の中で、体を動かさずに一人でもできる遊びか、サッカー、野球などの組織に入ってするスポーツへと移行していることがはっきりしている。かつての野球は、今のような組織的なものではなく、近所の仲間が道路などでやる3角ベースが主流であったと思われる。
こうした遊びの実態の変化が体力の低下傾向に大きく関わっていることは十分に推測できるであろう。子供たちの積極的に体を動かす機会が減少していることが、体力低下をもたらしているのである。またかつては仲間と様々な遊びをする中で、様々な動きを習得していたものが、その機会が減り、あるいはスポーツはしていても一つのスポーツしかしていないことが、多様な動きの発達を阻害しているといってよいであろう。
文科省の別のデータでは、運動やスポーツを積極的にしている子供と、ほとんど運動をしていない子供との2極化が見られている。そして後者の子供たちが体力の平均値を下げていることも明らかになっている。この運動離れの要因には複雑な要素が絡んでいると思われるが、その主要な要因は運動が嫌いとまでは行かなくても好きになれないということが上げられる。そしてそれは運動が上手くできないということが絡んでいるようである。
できないことができるようになることは、喜びを伴うものであり、また周りの人からも賞賛を受けるものだ。そして更にその動きを良くしようとしたり、別の新しい動きにチャレンジしようという勇気も与える。こうして動くことでチャレンジすることが楽しいものだということを体感し、そうしたチャレンジが習慣化していく。こうして運動の質と量が高まり、神経系の発達で巧みな動きができるようになるだけでなく、筋や呼吸循環系などの運動を発現する能力、すなわち体力も向上していく。
幼児期からの遊びの中で様々な動きを習得し、それが次第にスポーツなどのより高度な活動へと発展して、子供の時に運動習慣が形成されることが、高齢に至るまで生活の中に運動やスポーツが定着していく生涯スポーツ社会の実現へとつながっていくのであろう。
様々なことに好奇心を持っている幼児期に、できないことをできるようにしてやることが、その後の様々なことへのチャレンジに大きな意味をもっている。このことをみんなで大事にしていきたいものである。
(このコラムは、平成23年11月に発行したYMFSスポーツチャレンジ助成会報誌Do the Challenge Vol.1に掲載された内容を転載したものです。)
プロフィール
浅見 俊雄(あさみ としお)
埼玉県出身。東京大学卒業。東京大学名誉教授・日本体育大学名誉教授。元国立スポーツ科学センター(JISS)センター長、日本サッカー協会顧問、アジアサッカー連盟 規律委員会・審判委員会 副委員長など。元YMFS理事・審査委員長・調査研究担当理事