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【能瀬さやかの足跡】われわれが女性アスリートについて知っておくべきとても大切なこと 産婦人科医 能瀬さやかの挑戦

【能瀬さやかの足跡】われわれが女性アスリートについて知っておくべきとても大切なこと 産婦人科医 能瀬さやかの挑戦

ここ数年で環境や理解は大きく改善

日本における女性アスリートの三主徴の問題。その年の10月、日本臨床スポーツ医学会で能瀬さやかが発表した研究結果は大きな反響を引き起こし、能瀬自身が設立に関わった団体も含め、日本産科婦人科学会をはじめスポーツ関連学会、さまざまな組織がこの問題の解決に向けて動き始めた。
リーフレットの片隅に載っていた小さな記事を目にしてから10年、あのとき彼女が感じた「産婦人科医としてもスポーツに関われる」という彼女の直感は、100%正しかった。

【能瀬さやかの足跡】われわれが女性アスリートについて知っておくべきとても大切なこと 産婦人科医 能瀬さやかの挑戦

2017年、JISSでの5年間の勤務を終えた能瀬さやかは、かつて所属していた東京大学に戻り、国立大学では初めての「女性アスリート専門外来」を立ち上げる。JISSでは国内のトップアスリートしか診察を受けることはできなかったが、東大病院の外来では毎週水曜日、スポーツに取り組む女性アスリートならどんなレベルの選手でも相談、あるいは診療に訪れることができるようになった。そして、そこからさらに5年後の2023年、能瀬さやかは再びJISSに戻り、今現在JISSで初めての常勤産婦人科医として働いている。

前回JISSで過ごした5年間も含めるとほぼ11年、能瀬はこの場所で見つけた日本の女性アスリートが抱える問題の改善に取り組んできた。アスリート向けの啓発パンフレットを作成して配布し、4年という長い時間とエネルギーをかけて全国の産婦人科学会を巡り、自らが講師となって「女性アスリートの三主徴」や月経対策についての講習会を続けてきた。
女性アスリートがスポーツに詳しい産婦人科医を受診したい時、適切なアドバイスを受けられる環境整備のために、彼女自身が直接関わって立ち上げた一般社団法人女性アスリート健康支援委員会のほかにも、この数年間で様々な女性アスリートの支援団体も生まれてきた。ごく初歩的な女性の体の仕組みやメカニズムについて話すだけでも、目から鱗です!と熱心に耳を傾けてくれるベテランの男性指導者も大勢いる。「果たして女性にマラソンをさせていいのか、悩んでしまいます」と困惑する気持ちを素直に表現してくれる高名な陸上競技の指導者さえいる。
大局的に見れば、この数年間で女性アスリートを取り巻く環境や理解はものすごく改善されたと能瀬さやかは感じている。

2017年に一度東京大学の医局に戻って女性アスリート外来を立ち上げ、大学所属の産婦人科医として活動する日々の中で気づいたことがあるんです、と彼女は言う。

「大学病院という場所では、立場が少し上になっていくと、それぞれの先生は研究者としてすこしずつ専門性を高めていくんですね。東大に戻ってしばらくして気づいたのは、私は周りの人たちから、スポーツの人、というふうに認識されている、ということでした。ああ、そうなのか、と。大学勤務をする中で、少しずつ女性スポーツ医学をもっと追求したいという想いがでてきました。この歳になってもう一度ここ(JISS)に戻ってくるということは、もう産婦人科医として分娩や手術、体外受精等、私が好きだったことはもうできなくなる、ということを意味します。それはそれでちょっと寂しいことではあるんですが、やはり私には私のやるべきことが、スポーツの世界でまだまだあるのかな、と」

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<了>

近藤 篤

写真・文

近藤篤

ATSUSHI KONDO

1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。