スポーツチャレンジ賞

スポーツ界の「縁の下の力持ち」を称える表彰制度
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第15回 能瀬さやか

第15回 受賞者 能瀬さやか

⼥性アスリートの「現在・未来の健康」を守る
ゼロからのチャレンジ

女性アスリートは、利用可能エネルギー不足、無月経、骨密度低下(以上「女性アスリートの三主徴」)等の健康リスクを抱えやすい。能瀬氏は、それまでの「スポーツ医学=整形外科」という常識を覆し、産婦人科医の視点でデータ収集・分析を行いスポーツ現場の危機的な実情を明らかにした。アスリートや指導者の間で長く常識とされてきた誤った認識を改善するため、医界・スポーツ界と連携した啓発活動を進め、スポーツに取り組む女性の「現在・未来の健康」を守っている。その対象は、健常者のトップアスリートを皮切りに、パラアスリート、部活動を行う学生、さらには低体重や摂食障害等を抱える一般女性のヘルスケアにまで広がっている。

能瀬氏は、産婦人科医の家庭に生まれ、幼少時代から家業に親しみを感じて育ってきた。「赤ちゃんを抱いた家族に『おめでとう』と言える職業」。そこに魅力を感じていた。一方で、10代の頃はバスケットボールに夢中になった。医師を志してはいたが、「スポーツと関わりながら生きていきたい」という希望も芽生えてきた。

産婦人科医と、スポーツに関わりの深い整形外科医の道——。その狭間で葛藤のあった北里大学5年生時に、手に取った冊子で「女性スポーツ選手には無月経などの問題が存在する」という趣旨の記述を見つけた。この記事が「産婦人科に進んでも、もしかしたらスポーツと関われるかもしれない」と背中を押した。

研修医となった2年間は、ひたすらスポーツとの関りを模索した。「スポーツと名のつく学会があれば手当たり次第に参加して、そこで講演された産婦人科の先生に手紙を書いたりした。思い立って日本サッカー協会に電話をかけて、『何か手伝えることはないか?』と尋ねたこともあった」

産婦人科とスポーツの接点を手探りしているうちに、徐々に交流範囲や人脈が広がった。そのつながりから、国立スポーツ科学センター(JISS)で内科医の公募があるという情報も得た。

内科医としてJISSに採用された能瀬氏は、女性アスリートの健康状態の実情を探るため、診療業務の傍らカルテ室にこもってデータの収集・分析を開始した。そしてメディカルチェックのカルテから、683選手の婦人科に関わるデータを拾い上げた。その結果、およそ4割の女性アスリートが、無月経または月経不順を抱えていることが明らかとなった。

日本臨床スポーツ医学会で発表されたこの研究結果(2012年)は、スポーツ医学を取り巻く人々に大きなインパクトを与え、日本産科婦人科学会女性アスリート小委員会、一般社団法人女性アスリート健康支援委員会の起ち上げ等につながっていった。

一方JISSでは勤務3年目から産婦人科医として活躍。診療したアスリートから、「過去2回のオリンピックは月経に当たってしまい、十分なパフォーマンスが発揮できなかった」という相談を受けた。低用量ピルの服用により月経をコントロールできることを「知らない」とする女性アスリートは当時66%(前述の調査)。ピルは「体重が増える」「将来、妊娠できなくなってしまう悪魔のような薬」。診療の際、選手たちからはそうした声が聞かれた。さらに「指導者から『月経が止まって、アスリートとしては一人前』と言われた」という衝撃的な話もあった。

JISSでの5年間の任期の後、東京大学医学部附属病院に国立大学初の女性アスリート外来を新設。パラアスリートや学生選手、中高年の市民ランナーなどが診察に訪れるようになった。この環境によって診療と研究を同時に進めることが可能となり、女性アスリートの健康問題についてのエビデンスづくりが加速した。

日本臨床スポーツ医学会にJISSのメディカルデータを発表した10年前に比べると、スポーツ現場の環境は「飛躍的に改善している」。現場のアスリートや指導者の認識改善はもちろん、アスリート自身による発信等を通じて、若年層やその保護者にも正しい情報が拡がりつつある。

受賞者コメント

能瀬さやか

「ホルモン製剤を用いた月経困難症の治療などは、アスリートに限った問題ではない。女性アスリートを啓発することによって、女性全体のヘルスケアにつなげていくのがこのチャレンジの最終的なゴール。また、月経という女性特有の問題は、女性アスリートにとって重要な課題。競技と向き合う上でその問題が不安や障害とならないよう、これからも支援を続けていきたい。かつて無月経で治療した選手が指導者となり、次の世代に対して正しい指導を行い始めている。また、無月経で引退した選手が数年後に『無事に出産できた』と報告の連絡をくれたこともあった。啓発が進んだ背景には、アスリートたちによるメディア等での発信がある。以前はタブー視されていた問題について、公に語り合えるようになってきた」

能瀬さやか

東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 産婦人科医/国立スポーツ科学センター スポーツメディカルセンター(非常勤)

日本産科婦人科学会専門医、日本産科婦人科学会指導医、日本生殖医学会生殖医療専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本パラスポーツ協会公認パラスポーツ医、日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医、医学博士

日本学術会議第25期科学者委員会男女共同参画分科会特任連携会員、日本オリンピック委員会アントラージュ専門部会部会員、日本パラリンピック委員会女性スポーツ委員会委員長、日本パラスポーツ協会理事、日本スポーツ協会女性スポーツ委員会委員、一般社団法人女性アスリート健康委員会理事、日本臨床スポーツ医学会調査研究小委員会/アンチ・ドーピング小委員会委員ほか