食事を制限することのリスク
YMFS女性アスリートに関しての能瀬先生の研究や体験談のお話をうかがっていると、必ず出てくるのが「体重を減らすために食事を制限することのリスク」というテーマです。
野口19、20歳くらいの大学生や、実業団の1、2年目の選手は、甘いものを食べてしまったりとか、普通の食事を摂らなければいけない時に正反対のことをしてしまいがちなことも事実としてあります。そういう意味では、ある程度、体重制限は必要な時もあるんでしょうけれど。
能瀬そうですね。そういう若い選手たちが、重要な大会前には少し体重を絞らなければいけない、という事情はたしかに理解すべきです。ただ問題は、これはどのスポーツでもそうなんですが、以前と比べると大会の数が非常に多くなってきていることです。
野口私の高校時代とは比べ物にならないくらいですね。
能瀬通常であれば、大会前にすこし体重を落として、大会が終わったらしっかりと食事を摂ってまた体重を戻して、という波を作ってあげれば、一年中ずっとエネルギー不足のままという状態は防げるんです。
ところが今は一年中、大会と合宿、大会と合宿、これを繰り返しているので、体重を元に戻したり、エネルギー不足を改善したりというタイミングすら無くなっている状態です。
YMFS産婦人科医の視点で女性アスリートの身体や健康のことを考えると、改善しなければいけない指導方法や価値観がいまだにたくさんある。能瀬先生の研究結果はそこに大きな一石を投じたわけですよね。
能瀬少しでも記録を伸ばしたい、絶対にタイトルをとりたい。勝ちたいのはわかるんです。でもその一方で今のままのトレーニングを続けていけば、アスリートの身体は、もしくは心も、確実に壊れていく。これは見過ごせない深刻な問題です。先日開催されたYMFSスポーツチャレンジ賞記念シンポジウムで「はたしてここまでして女子にマラソンをやらせていいのか?と悩んでしまう」と発言されていた指導者の方もいらっしゃいましたよね。でも一方で、野口さんのようにちゃんと健康な身体のままで金メダリストになれる女性もいるわけです。
野口不思議なんですよねえ。私も相当ハードなトレーニングをやって、1ヶ月に1400キロ近く走り込んだりしていたんですが、なんでちゃんと生理が来ていたのかなあ、と。
能瀬たぶん一番の理由は、野口さんがしっかりと食事を摂っていたことだと思います。
野口現役時代は大きなレースの前になると、取材に来たメディアの方々が、私がものすごくたくさん食べるところをピックアップして報道するんです。野口は大食いだ、みたいになっていましたけど、あれはレースに向けて走るために食べているだけだったんです。レースが終わって、練習が軽い日なんかは、必要なものだけしか食べなかったり。そういうふうに、食事については自分でしっかりコントロールできていました。
能瀬本来は『走るために食べなきゃいけない』のですが、今の子供達はその逆で、『走るためには食べちゃいけない、制限しなきゃいけない』という思考になっているんですよ。ある程度まではいいにしても、その一線を超えて減量しすぎちゃうと、エネルギー不足によってパフォーマンスは落ちてゆくんですけどね。
野口そもそも食べることって、スポーツ云々とは関係なく、人間として真っ先に幸せを感じることじゃないですか。まず食べて、それが生きるということにつながっていくというか。そんな大事なことを制限されると、ものすごくストレスがかかって、肉体的にも精神的にも良くないような気がします。そこを無理するから、鬱になってしまったり、拒食になってしまったりするのかなと。
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