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【伊藤裕子の足跡】水の中の奇跡

【伊藤裕子の足跡】水の中の奇跡

水の中の奇跡

2022年、伊藤裕子は今年で60歳になる。今も昔も水の中でやることに変わりはない。毎日インストラクターとして障害を持つ子供達と水に入り、短い時間の中で彼らに笑顔というお土産を渡し続ける。30年前に心に決めたことに、30年後の今も同じ熱量で取り組んでいる。

同時に、昔とは変わったこともある。ぺんぎん村での指導に加え、浜松市内に数年前に立ち上げたメディカルフィットネスクラブLENでの指導、学校での講演活動、あるいは行政と組んでの新たなプロジェクトの立ち上げ。さらに後進の指導にも力を注がねばならない。人生は永遠には続かない。いつか自分が水を離れなければならなくなった時、そこには今よりももっともっと大勢の優秀なインストラクターにいてほしい。いなくてはならない。
まだまだやるべきことは山のようにあり、その全てに伊藤はエネルギッシュに取り組んでいる。

パラスポーツを取り巻く環境、一般の人々の理解もかつてに比べれば随分と改善された。やはり大きかったのは2021年の東京で開催されたパラリンピックだ。オリパラムーブメントという活動の予算が組まれ、自治体での啓蒙活動、教育活動が行われたことがパラスポーツへの理解の一助となった。そして大会期間中は、残念ながらテレビの画面を通じてのみだったが、たくさんの日本人がオンタイムでパラリンピックを観戦し、障害者スポーツという存在をより身近に体験してくれた。

もちろんまだまだ解決すべき問題は山積みだが、30年前に自ら体験した障害者スポーツに対する社会の無理解と無責任さ、そんなものは少しずつではあるが遠い過去の記憶と変わりつつある。ようやく時代が追いついてきてくれた、そんな実感が伊藤にはある。
ここまでの30年、確かに平坦な道のりではなかったが、今になって振り返れば全ては楽しい思い出でしかない。先頭を切って歩こうとする人間は確かに悪口を言われて傷つくこともあるけれど、でもそれ以上に、自分の後ろにどんな道ができていくのかを見る楽しみがある。そして、自分が子供たちに与えてきた以上に、自分は子供たちから奇跡のような体験を与えられてきたのだと、伊藤は今、心からそう思える。

ある年、3歳の少女がペンギン村にやってきた。
彼女は全身硬直という障害を持つ子だった。母親が家事でちょっと目を離していた間に、彼女はバスタブの底に溜めてあった水の中で溺れ、呼吸困難に陥り、初期の処置が遅れたために彼女の肉体はまるで石膏像のように全ての動きを失ってしまった。顔の筋肉は微動だにせず、両腕は曲がったまま伸びず、両足は伸び切ったままで曲がらない。

もしかすると水の中なら何かが起こるかも。
伊藤はその子を抱きかかえて水の中に入ると、耳元で子守唄を歌いながらゆっくりとその子の身体を優しくほぐしていった。
水がその奇跡を生み出すのか、あるいは伊藤裕子という人間の力なのか。
やがて少女の腕がゆっくりと伸び始め、肘の間に溜まっていた綿埃が水の中へスッと漂い出る。そしてその数分後さらに驚くことには、少女の顔に微笑みが浮かび、ついには声を出して笑ったのだった。

ガラス越しにその様子を見学していた少女の母親はプールサイドまで走ってくると、泣きじゃくりながら伊藤に伝える。
先生、今この子、笑いましたよね、声を出して笑いましたよね!初めてなんです!この子が声を出して笑ったのは!

【伊藤裕子の足跡】水の中の奇跡

<了>

写真・文

近藤篤

ATSUSHI KONDO

1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。