YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

対象者が一堂に集い語り・学び・考える
 第15回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

特別講演

YMFSチャレンジャー・審査委員として
感じた事・学んだ事・伝えたい事

瀬戸 邦弘 氏

国立財団法人 鳥取大学教育支援・国際交流推進機構 准教授
YMFSスポーツチャレンジ助成 審査委員

エジプト考古学、スポーツ人類学、
そしてYMFSとの出会い

皆さま、こんにちは。瀬戸です。私は、6、7、8期で研究助成を頂戴しました。すなわち、皆さまと同じチャレンジャーでした。その上で、現在、審査員としてチャレンジ助成に携わっています。そうした経験から、本日はこのYMFSという枠組みの中で皆がどのように生活していけばよいのかということをお話ししたいと思います。

自己紹介です。私は東京で生まれ、高校を出て大学でスポーツ科学を学び、現在は鳥取大学で教員をしています。専門はスポーツ人類学です。簡単に言うと、文化人類学を使ってスポーツを文化の現象として見て、その多様性や共通性を研究していました。それと並行して、母校の早稲田大学のエジプト学研究所で学んでいました。入学以降15〜20年間、毎年エジプトに行き、考古学の発掘に参加していました。実は大学に入るとき、私は考古学者になりたかったのです。

YMFSでは3期にわたって研究助成をいただきました。民俗綱引きの文化について研究し、日本からアジア、そして世界に広がっていくような形で研究を続けています。そして本年度、審査員に就任しました。

先ほど、エジプト考古学者になりたかったという話をしました。エジプト考古学をしている大学を探し、早稲田大学を受けようと思いました。しかし、なかなか受かりません。結局2浪して、現在のスポーツ科学部(当時・人間科学部スポーツ科学科)に引っ掛かりました。スポーツ科学部を腰掛けにしてそのうち文学部に移動しようと思っていたのですが、一方で人間科学部の中にも居場所があったほうがよいと考えました。そこで、文系の先生はいないだろうかと探していたとき、スポーツ人類学者の寒川恒夫先生に出会いました。

寒川先生は「それならうちにおいで」と言ってくださいました。これが、人生の非常に大きな方向付づけになりました。併せて、人間科学部に所属しながら、エジプト調査室にもいました。もう一人の師匠である吉村作治先生に出会って同じ話をしたところ、こちらも「うちで研究すればいい」と言ってくれました。その後、エジプトに行ってずっと発掘をしているという、不思議な学生生活を送りました。

一方で、スポーツ人類学の面白さに気付くことになります。その流れでYMFSと出会い、助成をいただくことになります。スポーツ科学部に入ったことも、スポーツ人類学に出会ったことも、YMFSに出会ったことも、この時点では偶然でしかありません。流れ流れてそこにたどり着いたと言ったほうがよいかもしれません。

第15回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング スポーツ討論会

スポーツ人類学の研究室では、大学院に行った瞬間に、世界のスポーツ文化にまず触れなければならないと世界中に連れていかれました。研究の手伝いをしながら、ずいぶん見聞を広めさせてもらいました。

そもそも、エジプト考古学を学びたかった自分の原点は、世界の果てまで行ってみたいという思いです。世界中を見て、自分という者が何かを知りたいという気持ちがありました。狭い世界だけ見てこれだと決めてしまって、後で世界はもっと広かったと知ることが非常に怖かったのです。

人類学は比較研究なので、自分の研究しているものとさまざまなものを比較するという性質があります。その後、世界的な研究をして、現在、私の中では「日本が最も面白い国」だという考えにたどり着きました。世界中を見て、最も不思議で面白い国が私の中では日本なので、現在は日本の研究をしています。

体験、研究の垣根を超えて
語り合った「スポーツの知」

YMFSと出会ってからについて話します。まず、助成金をいただくことは、今ここにいる方たちも重要なことだと思っているでしょう。それから、ありがたくも感じていると思います。

ただ、YMFSは少し変わっています。普通、財団は助成してくれたとしても、最初に助成金を渡され、最後にどうなったかと聞かれるだけです。しかし、YMFSは、その間に圧倒的に関わりが多いのです。前審査委員長の浅見俊雄先生の言葉ですが、しつこい(質濃い)関わり方をされます。サポートの体制が質濃く、四半期ごとの報告や、その都度、事務局の担当者と情報交換し、まるで親戚のおじさんのように、ひょっとしたら家族のような感じの交流が育まれます。

それを最も感じたのが、スポーツ・チャレンジャーズ・ミーティングでした。私がチャレンジャーだった頃は、ヤマハリゾートつま恋という場所で軟禁状態になりました。2泊3日、本当に濃い時間を過ごしました。初日は到着してすぐに贈呈式と基調講演があり、夜にはずっと自分の発表をまとめていました。翌日は朝8時半から成果発表です。夕食後にもスポーツ討論会があり、3日目もそのような感じで修了式をしました。2日目の真ん中が空いているので、ここは休ませてくれるのかと思いきや、それほど甘くありません。疲れ切っている私たちに与えられたのは、スポーツ交流会です。しかもラグビーをすると言うのです。

第8回SCMのときに、スポーツ討論会の依頼をいただきました。私は自分の成果発表をまとめることで頭がいっぱいでしたが、話を聞いてみると、チャレンジャー目線で何かしてほしいとのことでした。私はせっかくなので何か面白いことをしようと思いました。なぜなら、このような機会をいただくことは多くありませんし、何よりYMFSの雰囲気が大好きでした。
ちょうどその年、YMFSが10周年を迎えました。そのYMFSに足りないことを考えたら、2点ありました。1点は、専門分野における交流がほとんどなかったことです。もう1点は、助成期間の終了後に、突然、関わりが希薄になっていくことでした。そこで、助成期間終了後のチャレンジャー間の交流をいかに実践するかということを、皆で考えてみたら面白いのではないかと企画を立ち上げました。

討論会ではチャレンジャーの皆さまに、問題解決型学習(PBL)をしてもらいました。研究と体験の人で8人のグループをつくり、1人の体験のチャレンジャーの夢をかなえるために、自分の専門の知識を駆使していかにサポートできるかを考えました。いくつか条件を与えて、その中で皆、できることを考えました。このような形で2時間、ファシリテーターとして司会をしました。

第15回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング スポーツ討論会
第8回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング スポーツ討論会のようすはこちら

皆は疲れ切っていましたが、体験、研究の垣根を超えて、皆が活発に発言しました。お互いの専門活動をどうすれば生かせるのか、あなたにはこのようなことをしてほしい、自分にはこのようなことができるなど、非常に盛り上がりました。21時に終わるはずでしたが、時間を延ばしてもよいかと聞くと、そこがYMFSらしく続けようということになりました。結局1時間半くらい延びました。これほど盛り上がるとは思っていませんでした。

PBLを進める中で、皆が化学反応を起こすところを間近で見る経験をしました。人の力はすごい、仲間はすごい、これほど新しい発想が出てくるのだということを実感しました。PBLは基本的に何か一つの答えにたどり着くというよりも、今までないアイデアを具体化し、皆でどのようにすればよいかを考えるグループワークです。これは大変なことになったと思うくらい、たくさんの素晴らしいスポーツ知が生まれました。

未来から今の自分を俯瞰する
その失敗は、必要条件かもしれない

本日は2点お伝えします。1点目は自分一人でできることです。当たり前の言葉、それから概念にもう一度、目を向けることは重要なことです。人は理系、文系にかかわらず、自分の知っている概念でしか生きられないものです。それが固定してしまうと、その枠組みの中でしか発想が生まれなかったり、活動できなかったりします。

例えば、実力や一生懸命という言葉があります。実力という言葉を使うときに、きょうは実力が出せなかった、本来の実力ではなかった、ピーキングに失敗したという話を聞きます。しかし、これは変だと思いました。そう話し続けることで、夢や目標に到達できないロジックを自分でつくってしまっていると思いました。そこで、実力とは何だろうと考え、「本当に力を出さねばならないときに、どのようなコンディションであっても出せる力の結果を実力という」のではないかと決めました。

一生懸命については、私の恩師に習ったことです。「一生懸命という言葉もあるけれども、私は一所懸命だと思います。一生懸命という言葉だと、命を懸けるには少し長過ぎませんか? ずっと追い掛け続けることはできないので、ひとところに命を懸けなさい」と。確かにそうだと思いました。

歌手のさだまさしさんは、一所懸命とは「できることを常に惜しんではならないということ」だとおっしゃりました。つまり、こんなものでよいだろうと自分を安売りしてはならないという話です。きょうの練習はこれくらいでよいだろう、きょうの受験勉強は頑張ったからよいだろうという考えが、明日の自分になっていくことは間違いありません。

私は、「未来を変える」という言葉を使わないことにしました。なぜかというと、未来という場所を変えようとすると、先でよいと思ってしまうからです。努力の先送りはやめよう、今を生きようと思いました。そして、未来につながる今は何だと考えるようになり、「背筋が凍るように怖いから頑張ろう」という思いで頑張ればよいと思いました。

それでは、一所懸命を実現するために必要な力とはなんでしょうか。現在、自分がいる場所と、過去、自分がどのようなことをしてきたか、他の人たちがどのようなことをしてきたか、そして、未来から自分を俯瞰する能力、この3点が結ばれているものが現在で、それに向かってたゆまぬ努力ができることが必要な力だと思います。これは私の答えです。

第15回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング スポーツ討論会

2つ目は、自分一人ではできないことです。夢の実現にヒントと刺激を与えてくれる仲間に恵まれること、仲間をつくることは間違いなく重要です。先ほど言ったように、私は全く勉強などしたことがありませんでした。何も分かっていませんでした。ただ、分かったこともあります。生きていく、自分がしたいことを実現する、自分が自分らしくなるためには、創造力や観察力、洞察力、それから協働する力、交渉力、そして実行力が必要です。どうすればうまくいくかを全て自分の中で吸収し、それに折り合いをつけてアウトプットする、そして行動することが重要だと思います。

私にとってラッキーだったのは、自分の行った大学には自分より賢い人間しかいなかったことです。そして、YMFSに集まった人たちは、これにあふれている人たちでした。仲間と化学反応し、自分が何かを与えられる人間になりたいと思ったことも事実です。創発とはまさにそういうことなのではないかとも思います。

よく考えると、あのつま恋は非常に重要な時間でした。帰りは本当に眠くて、新幹線に乗ったら寝てもよいのに、東京までの時間を惜しんでたくさんの話をしました。夢に向かって柔軟に、そしてかたくなに、夢に対して自分がどうあるか。誠実にいなければ、それは絶対にこちらに向いてくれませんし、そこにはたどり着けません。そうすれば、結果はついてくると思います。
しかし、夢は実現できない場合もあります。例えばコロナです。コロナで何もできなかった、大会に出られなかったという人たちがいるはずです。人生が変わってしまったような人もいるでしょう。なかなか思うようにならないことがあるのも事実です。それを排除して、夢だけを語ろうとは思っていません。しかし、一つだけ私が明らかに説得力を持って言えることは、そのとき夢を達成できなかったとしても、人生、捨てたものではないということです。

最初に、自分の経歴を見ていただきました。私は第1希望に一度も通ったことがありません。したいことに到達したことも一度もありません。そのときは、自分はいくら頑張っても駄目だと思いましたが、振り返って考えると、第1希望に通っていたら、自分が満足する結果に出合えなかったと本気で思います。エジプトに興味がなければ早稲田大学を受けませんでした。文学部に入れず人間科学部に行ったので、寒川先生に会えました。しかし、文学部に入っていたらエジプトしか選択肢がなかったので、私は研究者になっていなかったと思います。そう考えると、未来から俯瞰したときに、あのときも本当に第3希望だったのだろうかと思います。もしかしたら本当の居場所に到達するために、その都度の夢や目標は必要条件として存在しているのかもしれません。

従って、現在、駄目だと思っている方も諦めないでほしい。しっかり頑張っていれば、どこかにたどり着きます。もしかしたら今の失敗は、現在の自分が思っている失敗であって、それは失敗でないかもしれません。私が伝えられることは、今できることに全力でチャレンジしなければ、その扉も開けないし、その次の扉にも行けないということです。
YMFSは、受け身は厳禁です。自分からしつこく、財団の人たちや仲間、それから審査員にもどんどん働き掛けてください。15期生はここがスタートラインです。16期生は、この1年の間に私がお話したことが分かっていただければと思います。

いずれにしても、このYMFSという財団は、ファミリーと名乗っているように、皆さまのことを本当に身内のように思っています。そのため小言のようなことも言いますが、それは自分が夢を実現するために必要な、家族であり仲間だと思っているからだとご理解ください。

この講演をする前に、皆さまに課題を出しました。それについて答えを出してもらいました。この公演の後、その問いに対してもう一度自分が考えたときに答えが変わっていれば、もしかしたら自分の中に何かのヒントが生まれているかもしれません。変わっていなければ、それは自分の信念のようなものが揺らがなかったということかもしれません。皆さまには、今後しっかりと自分のチャレンジに取り組んでもらい、豊かな人生を送っていただければと思います。ありがとうございました。