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【安田享平の足跡】ともに走るという生き方

【安田享平の足跡】ともに走るという生き方

受け継ぐもの

【安田享平の足跡】ともに走るという生き方

あのアトランタから今年でちょうど30年が経つ。
2006年、安田享平はガイドランナーとして最後の国際大会を走った。そのレースでは金メダルを獲得したが、「これで引退だ」という特別な感情はなかったという。もっと続けようと思えば、続けられなくはなかったが、自分の走力を維持できないのであれば、あとは、もっと速い選手に託すべきだ。

その後も、伴走者が足りなければ練習でロープを握った。若い選手と一緒に走ることもあった。だから、自分でも「どこまでが現役で、どこからが引退なのか分からない」と笑う。

ただ一つだけ、以前とは変わってしまったことがあった。レースに出たいとは、もう思わなくなっている自分がいた。
自分を鍛えるための練習は基本的にもうほとんどしなくなっていた。走力というものは、魔法みたいにキープできるものではない。キャッチボールがうまいとか、そういう類の話ではないのだ。

安田はその感覚をこんなセリフで説明する。
「他人の体を使って目標を達成するというのは、自分で走るのとは根本的に違うんです。でも、指導を通じて目標達成することを経験していくと、目標に向かって自分自身が走るという価値観は、どんどん薄まっていきました」

ただひたすら自分の能力と向き合い、ひたすら自分を鍛え続けてきた男は、いつの間にか人を育てることに夢中になっていた。

ブラインドランナーを育てる。ガイドランナーを育てる。そして、選手と伴走者が互いに力を発揮できる環境を整える。そこに、自分が走る以上の面白さを見つけてしまった。

「若い頃はね、自分より一秒でも遅い相手は視界にすら入りませんでした」
そう安田は笑う。速さだけが価値だと信じていた。だから、自分より遅い選手の言葉に耳を傾けることもなかった。

しかし、伴走を始め、指導する立場になって考え方は大きく変わった。速く走れない選手も、それぞれ悩み、工夫し、必死に前へ進もうとしている。その姿を見続けるうちに、人にはそれぞれ違う努力があることを知った。そんなことが分かるようになるまでずいぶん時間がかかりましたけど、と安田は自虐的に微笑んでみせる。

一日だけの善意では成り立たない

現在、安田は日本ブラインドマラソン協会の強化委員長として、競技の普及や伴走者の育成に携わっている。

ガイドランナーという役割について質問されるたび、安田が繰り返し口にする答えは、ガイドランナーとして競技を続けるための「環境」の大切さと「覚悟」の強さだ。

伴走は一日だけの善意では成り立たないのです、と安田は言う。どれだけ足が速くても、会社の理解がなければ海外遠征には行けないし、家庭の支えがなければ、長く続けることは難しい。急に子供の幼稚園の運動会が入ったからとガイドランナーがレース前日にキャンセルする、そんなことが起こったりもした。

【安田享平の足跡】ともに走るという生き方

そしてそれ以上に難しいのは、選手と伴走者が何年も信頼を積み重ねていくことだ。それら全ての条件がそろって、初めて世界と戦える関係になる。だから安田は、若いガイドランナーには技術よりも先に、「続けられる人」であってほしいと願っている。

【安田享平の足跡】ともに走るという生き方

「でもその前に」と安田は言う。
「若いランナーの人には、『伴走者になってください』と頼まれたとき、『やります!』って言ってほしいですよね」

30年前、伴走のことなど何も知らなかった安田享平は「はい」と答え、あの返事が、ある一人のランナーの人生を変え、自分の人生も変えた。一本のロープを握って走ることが、誰かの力になることを学び、人を育てる喜びを知った。走る理由そのものが変わった。

競技場では今日も、新しいブラインドランナーとガイドランナーがスタートラインに立つ。その中には、30年前の安田と同じように、不安を抱えながらロープを握る若者もいるだろう。安田はもう、彼らの隣を走ることはない。少し離れた場所から、彼らの姿を静かに見守り、今日うまくいかなかった選手がいれば、明日頑張ればいいさ、と声をかける。

一本のロープは、人と人をつなぐ。そしてきっとまた、一つの「はい」が次の誰かの人生へと受け継がれていく。

<了>

【安田享平の足跡】ともに走るという生き方
近藤 篤

写真・文

近藤篤

ATSUSHI KONDO

1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。