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【山下良美の足跡】どこまでも淡々と

【山下良美の足跡】どこまでも淡々と 山下良美の挑戦

審判員という役割の「責任」とその「魅力」

【山下良美の足跡】どこまでも淡々と 山下良美の挑戦

自分の意識が変わったのはその2級審判員の資格を取った頃だった、と山下は記憶している。
「2級になると、日本の女子サッカーのトップリーグ、なでしこリーグの副審を務めることができるようになったんです。その頃から私の中で少しずつ「責任」という意識が強まっていきました。もっとしっかり審判員という役割と向き合わなければいけないなと。周りには男の子しかいない、そんな頃から女子サッカーをやってきた自分としては、女子のトップレベルに関われることがとても嬉しかったんです。日本の女子サッカーに自分でも何か貢献できるチャンスがあるんだ、そう思うと、審判という役割が以前にも増して魅力的な仕事に感じられたんです」

2019年12月12日、山下良美はついに1級審判員に認定され、翌々年のJリーグでは女性として初めての審判員リストに登録、同年5月にはJ3の試合を担当する。そして今年に入ると、4月には女性として初めてAFCアジアチャンピオンズリーグの主審を務め、翌月19日には2022年11月20日カタールで開幕するFIFAワールドカップにおいて主審候補者36名の一人として登録されたというビッグニュースが報じられた。
大学4年生のある秋の日、先輩に声をかけられてなんとなく歩き始めた道はこんなところまで続いていた。そしてその先輩が「彼女の力はこんなもんじゃないですよ」と予言するように、これからさらに山下良美はまだまだ遠いところまで続く道を歩き続けるに違いない。

あるデンマーク人選手の言葉

山下良美審判がPRに任命されたという発表からおよそ3ヶ月後。
2022年10月8日、彼女は埼玉県緑区にある埼玉スタジアム2002のピッチにいた。この日担当する試合は、浦和レッズ対サガン鳥栖戦。日本最高峰のリーグであるJ1リーグの試合の笛を吹くのは、9月18日の国立競技場、5万人の観衆の見守る中で行われたFC東京対京都サンガFC戦以来2度目のことだった。

【山下良美の足跡】どこまでも淡々と 山下良美の挑戦

試合開始のおよそ45分前、黒いウェアに身を包んだ山下がピッチ上に姿を現し、バックスタンドの手前で入念なウォーミングアップを始めると、今日の試合の主審が女性であることに気づいた観客たちの間にちょっとしたざわめきが起こる。
あの人、女の審判だよね、なんていう名前だったっけ?
アップを続ける山下に向けて、スタンドからは好奇の視線が注がれるのは無理もなかった。J1からJ3の全カテゴリーを通じ、女性の主審がゲームを仕切る光景を見たことがあるファンはほとんどいないのだから。

午後3時、2万人の観客が見守る中、山下はキックオフの笛を吹き、そこから前後半を通じて93分、的確な笛を吹き続けた。二度のゴールの取り消し、イエローカードかレッドカードかの微妙な判定、激しく抗議する選手たちにも冷静に対処し、淡々とゲームを進めた。
ゲーム終了後、試合中真っ赤な顔をしてアピールを繰り返した浦和レッズのセンターバック、デンマーク人のショルツという選手が山下に歩み寄り、なにかを英語で短く告げる。
試合後のミックスゾーン、取材の記者に質問されたショルツは自分がその女性主審に告げた内容をもう一度繰り返した。
「こう言ったんですよ。あなたはアドバンテージをうまく適用し、細かなファールで試合を止めることなく、ゲームのリズムをうまくコントロールしましたね、と」

【山下良美の足跡】どこまでも淡々と 山下良美の挑戦

<了>

近藤 篤

写真・文

近藤篤

ATSUSHI KONDO

1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。