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【山下良美の足跡】どこまでも淡々と

【山下良美の足跡】どこまでも淡々と 山下良美の挑戦

自分にできる努力を最大限やるだけ

大学卒業後、プレーを続けるために山下が選んだのは、FC PAFという東京都世田谷区に拠点を持つ社会人女子チームだった。その当時から現在に至るまで、チームの監督を務めるのは、サッカージャーナリストとしても著名な大住良之である。大住によれば、彼女はプレーヤーとしても一級だった。

「確か大学4年生の時、チームはリーグで最下位だったにも関わらず、リーグのベストイレブンに選ばれたんじゃなかったかな。戦術のことは何も伝える必要がない、ってタイプの選手がいるけれど、彼女はまさにそういうタイプだったね。本人が選手としての道を進みたければ、なでしこリーグでのプレーも可能だったんじゃないかな」

【山下良美の足跡】どこまでも淡々と 山下良美の挑戦

ヘディングの強い山下は、セットプレーからの得点も多く、関東リーグで戦うFC PAFにとっては欠かせない選手の一人となる。大住としては毎試合必ずいてほしい選手ではあったが、山下が審判としてやっていくんだという覚悟を決めれば決めるほど、彼女の参加できる試合は減っていった。
「まあ監督としては頭の痛い問題だけど、本人は最初からそう言ってチームに入ったわけだから。でも、試合に来れないことが多くなっても、チームメートの信頼は変わらなくて、みんなからヨッチがんばれって応援されてたね」

【山下良美の足跡】どこまでも淡々と 山下良美の挑戦
写真提供:日本サッカー協会

この子はいい審判になる、それは大住だけでなく、当時の東京都リーグや関東リーグの女子サッカー関係者の共通認識だったという。
「まず人間として素晴らしいよね。いつも冷静で、怒ったところなんて見たことがない。頭もいいし、視野が広いし、身長もあるし。女子の審判と男子の審判の唯一の差はフィジカルの部分だと思うけど、そこに関しても彼女は問題ないんじゃない」
そしてもうひとつ、彼女のすごいところはその心の強さなのではないかと大住は言う。

36歳にしてPRに任命されるその数ヶ月前、国際サッカー連盟(FIFA)は今年2022年11月下旬からカタールを舞台に開催されるFIFAワールドカップの審判団には史上初めて3人の女性主審も含まれることを発表し、なんとその中の1人は山下良美だった。急遽リモートで開かれた記者会見で、大住は監督と選手ではなくジャーナリストと審判の立場で彼女にこう質問した。他にも優秀な先輩方がいる中、こうやって自分だけがワールドカップの審判団に選ばれることに、複雑な気持ちはありませんか?
「山下さんはこう答えたんだよ。もちろんそういう気持ちはありますが、でも選ばれた以上、今は自分にできる努力を最大限やるだけです、ってさらっと答えたんだよね。大したもんだと思うよ」

2010年の秋、山下は2級審判員の資格を取ると、その2年後には女子1級審判員の資格を得る。彼女への周囲の評価は次第に高まってゆき、2015年には日本サッカー協会の推薦によって坊薗らと共に国際サッカー連盟(FIFA)の国際審判員に登録。FIFA U―17女子ワールドカップでは、2016年ヨルダン大会、2018年ウルグアイ大会と2大会連続で派遣され、ウルグアイ大会では手代木直美・坊薗真琴の3名でチームを組んで、準決勝を含む3試合の主審も務めた。2級の資格を取ればと勧められても、自分のサッカーの試合があるので、と断っていたのんびり屋の山下良美はいつの間にか姿を消してしまっていた。

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