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北京パラリンピックへの切符獲得のために


須藤 正和

氏名 須藤 正和
競技名 セーリング(障がい者スポーツ)/選手

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北京パラリンピックへの切符獲得のために
~ベストな体制でパラリンピック出場キャンペーンを展開~

障害者セーリングがパラリンピックの公開競技として開催された1996年に3人乗りのソナー級で出場した須藤正和さんは、その後一人乗りの2.4mR級に転向し、シドニー、アテネと3大会連続での出場を果たしてきた。

「セーリングが公開競技の頃から参加してきましたが、その頃と比べると選手の層は格段に厚くなり、競技自体も年々熾烈さを増しています。そんな中で闘っていくには、これまでと同じやり方では通用しないと常々感じていました」

今年で50歳を迎える須藤さんにとって、次期開催の北京へのキャンペーンはこれまでの16年に及ぶパラリンピックに掛ける集大成であり、特別な意味を持つものでもあった。

このパラリンピック出場の国枠を獲得するためには、開催の前年もしくは前々年のその艇種の世界選手権で上位入賞することが必要条件となる。須藤さんが乗る 2.4mR級の世界選手権は、障害者セーリング唯一の健常者の乗船が許されているクラスで、ハンデなしに健常者と渡り合えることも彼に取っては大きな魅力となっている。

「自分にとってキャンペーンの最大の焦点は、国枠獲得が掛かる世界選手権です。海外で開催される大会ですので、資金的にそう何度も参加する訳にもいきません。過去の経験を踏まえた上で、今回は大会直前のロチェスター(米国)で開催される世界選手権の1回のみに照準を合わせて準備してきました」

毎日40分の筋力トレーニングに加えてハーバーへの往復や日常生活では、なるべく車を用いない移動で筋力アップなどの基礎トレーニングを行い、セーリングでは北京の会場となる青島での中国選手との練習や、地元別府で開催される2.4mRパラリンピックチャレンジレースへの出場に加え、別府での単独の海上練習など、普段より海に出る頻度を上げて世界選手権に向けての練習を行ってきた。

そして大会直前には、万全のコンディションで世界選手権に臨めるようにオーストラリア人コーチを帯同させた。

「回を重ねるごとに競争は激化しています。強豪選手は専任コーチを帯同させること以外にも陸上や海上でのサポートを行うショアチームを結成して万全の体勢でパラリンピック出場のキャンペーンに挑んでいます。それらの環境に少しでも近づくことが成績を上げるためには必要だったんです。ですから今回の専任コーチの獲得は非常に大きなものでした」

十分な準備もできないままに、大会直前に現地入りしてきたこれまでとは異なり、約1ヶ月前に渡米して専任コーチと合流。新艇のシェークダウンを入念に行いながら、コーチと2艇で行う海上練習や、世界選手権を前に集まってくる選手たちとの練習レースを大会開催まで行うことができたということも、助成金を獲得して可能になった今回のキャンペーンの大きな成果の一つだったと須藤さんは実感している。

「今回のキャンペーンはシドニー、アテネにはなかった成果を上げられたと感じています。大会前の2ボート練習では、コーチをしのぐ艇速を出すことができるようになりました。他のチームに比べればまだまだなのかも知れませんが、万全な準備ができて世界選手権に臨めることはこれまであり得なかったことですから、自分にとっては大きな前進でしたね」

迎えた世界選手権は5日間のレースで15本のレースをこなすという過酷なもの。さらに北京よりセーリングの種目が増えるため、2.4mRの枠が縮小される厳しい条件下での闘いだった。

「以前より格段に速くなった艇速には自信があったんですが、マーク回航では1度につき3~4秒遅れてしまう。どうしてもその差を縮めることができませんでした」

1レースで風上・下のマークを4~5度回航する競技。トップ艇との20~30秒の差は順位に大きく影響し、総合成績では45艇中34位(参加25カ国中21位)。13位以内を目指した須藤さんにとっては残念な結果終わってしまったが、この大会を振り返る彼には悲観的な様子は微塵も感じられない。

「国枠を獲得することはできませんでしたが、最高な状態で臨めたレースでしたから、応援してくださった関係者の皆様方の期待に応えられなかったことについては申し訳ないと思っていますが、自分自身としては悔いはありません。過去のキャンペーンと比較して内容、質ともに納得できるものになったことが、今回の最も大きな収穫です。後進たちがキャンペーンを行う上での蓄積になるはずですから」

惜しくも2.4mRでの北京パラリンピックへの切符は逃したものの、シドニー、アテネ、そして今回の北京を目指すキャンペーンの活動が認められ世界に10名しかいないIFDS(国際障害者セーリング連盟)の選手会会員に抜擢、日本の障害者セーリングの今後の発展に大きく役立つであろう足跡を残した。

さらに、北京より採用される男女2人乗りのスカッド級での出場権獲得の可能性を残しているが、パラリンピックチャレンジレースの継続と後進たちの指導、2.4mRの国内での普及に加え、長年の夢である単独太平洋横断と新たなチャレンジへの準備にも余念がない。国内では2.4mR級の第一人者として知られる須藤さんのセーリングへの熱意は今なお増すばかりである。