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第16回 遠藤 謙

第16回 遠藤 謙

Blade for All
「だれもが走れる社会」を実現するために

「走りたい」という希望を持つ義足ユーザーは、その願いを叶えるまでにさまざまな障壁に直面する。義足エンジニアの遠藤謙氏は、その課題解消に向けて義肢装具士やパラアスリートと連携し、テクノロジーと環境づくりの両面から、「だれもが走れる社会」の実現にチャレンジする。

週1日以上の運動をしている成人の割合は、健常者の約60%に対して障害者は約25%(スポーツ庁/2020年)。「走る」ことはもっとも手軽な運動の一つだが、義足ユーザーが走るためには乗り越えなくてはならない課題がいくつも存在する。

最も大きな課題は、1足あたり数十万円以上とされるスポーツ用義足の価格。日常用の義足は保険が適用されるが、運動を楽しむためのスポーツ用義足は適用外。また、仮に高価なスポーツ用義足を購入したとしても、成長期の幼児・児童であれば身長や体重の変化が大きく、使用できる期間は長くない。

義足ユーザーが走るための障壁は、義足というハードだけではない。日常用の義足からスポーツ用義足への換装や、ブレード(板ばね)を備えたスポーツ用義足でのランニングには、それぞれ専門的なスキルの習得が必要となる。さらに、安全に楽しく走ることができる場所を確保することも大きな課題の一つとなっている。

遠藤氏らが進める“Blade for All”は、義足ユーザーが、足を切断してから走れるようになるまでに直面するこれらの課題を、一気に解消することを目指したプロジェクト。走りたいという希望を持つすべての義足ユーザーに「走る喜び」を届けるため、そのグランドデザインを描くとともに、エンジニアとパラアスリート、義肢装具士らが一体となって各種の活動を推進している。

2016年から毎月1回、新豊洲Brilliaランニングスタジアム※で開かれている「ブレードランニングクリニック(マンスリーラン)」は、義足ユーザーに楽しく走れる機会を提供する取り組み。義肢装具士がレクチャーを行いながら参加者の日常用義足をスポーツ用義足に換装し、パラアスリートたちがスポーツ用義足での走り方を指導する。2024年2月までの7年間で計83回開催し、のべ350人以上の義足ユーザーが走る楽しさを体験している。

加えて、2017年には貸し出し用ブレードを揃えた「ギソクの図書館」を開設。24本の貸し出し用ブレードは、すべてクラウドファウンディングの寄付金で購入したもの。ギソク図書館の開設によってクリニック参加のハードルは一気に下がり、東京2020パラリンピックで来日した各国のメディアから、「義足を使って走れる、世界で最も敷居の低い場所」として紹介された。“Blade for All”の実現に向けたこうした活動は現在、静岡、新潟、大分、沖縄、仙台、大阪、岐阜、神戸、広島等にも拡がっている。

義足エンジニアである遠藤氏は、義足ユーザーの負担軽減を目的として低価格ブレードの開発にも取り組んでいる。また、その開発過程で健常者が義足で走ることを疑似体験できるブレード付のブーツを考案し、これを用いて健常者向けの「ブレード体験会」等を実施している。

There is no such a thing as disable person.
Theare is only physically disabled technology.

――世の中に身体障害者はいない。技術のほうに障害があるだけだ
Hugh Herr

遠藤氏が指針の一つとする言葉、「障害は技術のほうにある」は、マサチューセッツ工科大学メディアラボ時代の恩師であるヒュー・ハー氏(米国のロッククライマー、エンジニア。自身も義足ユーザー)によるもの。「だれもが走れる社会の実現」とともに、「義足のアスリートが健足のアスリートを超えたとき、世界の常識が変わる。僕はその瞬間に立ち会うアスリートの義足をつくりたい」と願っている。

※2023年11月に営業終了。有明地区に移設され、2024年10月に再開業予定

受賞者コメント

第16回 遠藤 謙

「この度は素晴らしい賞をいただき、大変光栄に思っております。このプロジェクトには、スポンサー企業、地方自治体、大学、スポーツ競技団体など数多くに方々が関わっており、本賞は関わったすべての方々でいただいたものだと理解しています。2021年のオリンピック・パラリンピックを通じて、トップパラアスリートたちの活躍はメディアでよく目にするようになりましたが、いまだに一般義足使用者たちが日常的にスポーツを楽しむための敷居は高いままです。Blade for Allプロジェクトを通じて、障害や周りの環境がスポーツを楽しむための足枷とならないよう、今後ともテクノロジーとスポーツを軸に活動を広げていきたいと思っています」

遠藤 謙

義足エンジニア
株式会社Xiborg(サイボーグ) 代表、ソニーコンピュータサイエンス研究所 リサーチャー