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世界との競争。決着は4年後のリオで!


佐藤 圭太

氏名 佐藤 圭太
競技名 陸上(障がい者スポーツ)/選手

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世界との競争。決着は4年後のリオで!
~リオパラリンピックに向けての誓い~

陸上との出会いから生まれたチャレンジ

「右足を失ったのは中学2年生。ユーイング肉腫という病気が原因でした。実は切断しない治療もあったのですが、その場合は健常者に近い形で運動ができなくなることがわかりました。僕は運動ができる体でいたかった。だから義足を選択したのです」

佐藤圭太選手が中学時代に行っていたのはサッカー。根っからのスポーツ少年にとって運動を取り上げられることが「最も辛いことだった」といいます。高校へ入学すると「運動をするため、まずはうまく走れるようになろう」と陸上部に入部。そして2年生のときに出場した大会で、ある出会いを果たします。それが障害者陸上100mのスペシャリスト、春田純選手(YMFS体験助成・第4期生)との出会いです。「障害者陸上や競技用義足など、いろいろな話をするなかで意気投合し、一緒に練習しようということになりました」。そして、回数を重ねていくなかで北京大会の銀メダリストである山本篤選手(YMFS体験助成・第1期生)、北京大会に出場した多川知希選手(YMFS体験助成・第2期生)など国内のトップアスリートと繋がりができてきます。

「最初は“もう少しちゃんとやってみよう”というぐらいの感じでした。でも、皆さんと練習を続けていくうちに、自分が速くなっていくことを実感し、3年生の時には200m(T44クラス)の日本記録を更新するなど結果もついてきました。ただそれ以上に春田さん、山本さんらの陸上に対する情熱、目標(パラリンピック)に向かって懸命に挑戦する姿に触れ、自分も“陸上で何かを成し遂げたい、パラリンピックに出たい!”という気持ちになったのです」

こうして佐藤選手は、進路を決めるなかで陸上を軸に考えるようになり、陸上の強豪校、中京大学へ進学します。「義足を選んだこと、高校で陸上を始めたこと、それぞれが自分にとってチャレンジでした。でも、具体的に自分の未来を描き、そのために下したこの決断は、僕にとって本当のチャレンジがスタートした瞬間でした」

中京大学への進学を果たした佐藤選手は希望通り陸上部に入部します。「部員の多くはインターハイ経験者などのエリート、かたや義足のランナー。実力、実績ともに大きなギャップがあり、正直不安はありましたが、僕の狙いはこのギャップを利用して成長することでした。優秀な指導者と先輩、周りはお手本だらけで、必要な技術や体の作り方など、多くのことを学ぶことができました」

大学でトレーニングに励む一方、春田選手や山本選手との練習も継続、その中で義足の走法にも磨きをかけ、いつしか200m/400m(T44クラス)における第一人者としての実力をつけていきます。

今年3月に行われたロンドン大会の選考会では、個人種目こそタイムを伸ばすことができなかったものの、4×100mリレーで日本新をマークして存在感をアピール。そして代表選手の発表(7月)では、200m、400m、4×100mリレーで名を連ね、3競技でロンドン大会への出場を決めたのです。

「速くなりたい」ただそれだけ…

ロンドンに臨むにあたり佐藤選手が最優先に考えたのがメダル獲得の可能性が高かったリレーです。「メンバーの春田さん、多川さん、鈴木徹さん、そして日本陸上チームのキャプテンであり、リレーのバックアップメンバーである山本さんも同じ気持ちでした。そこで北海道、長野、東京と合宿を組み、バトンの精度を向上していったのですが、もともと強かった信頼関係や仲間意識、メダルへの意欲も日に日に高まって、本当に“一丸”という言葉がぴったりな状態を作ることができました」
ロンドンに入ってからも、事前の練習で好タイムを出すなど、さらに自信を強くして臨んだ決勝。結果は上位の2チームの失格で4位となります。「チームとしては本当に最高の状態でした。メダルには届きませんでしたが、日本記録を更新できたし、なによりも決勝という頂点を決める舞台で走れたこと、世界に日本陸上の存在を示すことができたことを誇りに思います」

一方の個人種目は200m/400mともに予選敗退と悔しい結果になりましたが、佐藤選手はこの結果を通して、自分に大きな変化を感じたといいます。「事前に世界と力の差があることはわかっていたのですが、実際に世界のトップ選手と一緒に走り、より明確に力の差を感じることになりました。世界トップに肉薄したリレーとは違い、同じ舞台に立ちながらも、違う舞台に立っているような圧倒的な差です。ただそこから生まれてきたのは“絶望”などネガティブなものではありませんでした。“悔しい、だったら速くなるしかない! そして決勝の舞台に立つ”というこれまでに感じたことがないゾクゾクするほどの強い欲望でした」

さらに、今大会の短距離種目の結果から、ある一つの指標が見えたともいいます。実は200m/400mのメダリスト6人全員が両足義足の選手、100mのメダリスト3人は片足義足の選手だったのです。単純にみれば200m/400mは両足義足が有利で、100mはその逆になります。また今回100mの優勝タイムは10.90秒とレベルが大きく上がりました。

「もう少し情報を集め分析する必要はありますが、どこに照準を合わせるにせよ、壁が高いことに違いはありません。ただ、僕の中では100mをメインにしようと考えています。速くなる、その目標は10秒台ということです。最近ようやく11秒台に入った僕にとって10秒台は夢のようなタイムですが、まだやることがたくさん残っていることを考えれば決して不可能ではないと思うのです。今大会は日本陸上の進化が、世界の進化に及ばなかったといえますが、4年後は、世界に追いついてみせますよ」

世界と佐藤選手の競争はすでに始まっています。どちらが勝つのか、その決着は4年後、ブラジルのリオデジャネイロパラリンピックでわかります。