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完全復活!


伊藤 健太

氏名 伊藤 健太
競技名 水泳/選手

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完全復活!
〜失意の選考会からの再スタート〜

やっぱり勝ちたい…

2012年4月5日、ロンドンオリンピック代表選考会、伊藤健太選手は100m自由形に照準を当て、優勝により得られる4×100mメドレーリレーのメンバー入りと、A標準突破による個人での出場を目指していました。ロンドンの選考は予選、準決、決勝と3レースあり、まず予選突破のため伊藤選手が設定したタイムは、力をセーブしながら確実に準決勝に進める49秒台。ところが結果は想定したタイムを大幅に下回る50秒70で17位となり、予選通過ラインギリギリでの敗退となってしまったのです。

「一言でいえば、ビビってしまったんです。ビビって力を出せなかった… もちろん3レースあることはわかっていたので対策もしてきたし、自分のやれることは全部やってきました。そこには悔いはありません。でもレース前になって“本当に決勝は大丈夫なのか?”という不安が襲ってきたのです。直前で自分の力を信じきれず、自らブレーキをかけてしまった。オレ、本当にバカだなって… 後悔しか残りませんでした。しかも優勝タイムは49秒20、十分に手が届くタイムだっただけに、余計に自分を責めましたね」

その後は5月にジャパンオープンを控えていた伊藤選手ですが、「選考会以降は泳ぐ気になれず、自宅で過ごしたり、友達と遊んだりして練習にはいきませんでした。なんとか練習を再開したのですが、与えられたメニューをこなして時間が過ぎるのを待っていただけでしたね」

そのジャパンオープン、伊藤選手をまっていたのはまたしても敗戦という結果でした。しかしこの結果が、伊藤選手自身も予期していなかった反応を生み出すことになります。「練習をしていなかったので負けて当然のレースだったし、このときはもう水泳をやめる気でいたので、勝敗にこだわりもないはずでした。だから本当であればここで僕の競技人生は終わっていたと思います。でも負けた自分に腹が立ち、勝ちたいと思った。悔しかった。練習してこなかったことへの後悔もありました。そして“悔しい”と思えたことで僕は、もう一度がんばってみようという気持ちになったのです」

こうして9月に行われる日本学生選手権(以下:インカレ)を新しい目標に再始動。さらにロンドンオリンピックが、伊藤選手の競技を続けていくための自信をもう一度作ってくれたといいます。

一歩一歩が拓く未来

「ロンドン大会の50m、100mでは、絶対的な実力者が勝てませんでした。若い世代の台頭がみられ、層が一段と厚くなった印象です。自分のベストでは決勝には進めず、世界は進化している印象があり、とても刺激になりました。また4×100mメドレーリレーは、自分のタイムでも銀メダルがとれていたとわかったことで、気持ちにすごく余裕ができたのです」

こうして迎えたインカレ、伊藤選手は50mで日本新記録となる22秒05で優勝、100mは大会新記録の48秒70で優勝。さらに4×100mフリーリレーでは自らのパートを47秒78というタイムで泳ぎ、チームを勝利に導く大車輪の活躍を見せます。

「オリンピックが終わった頃は、僕がメドレーリレーに出ても銀メダルがとれていたと思うだけで満足でしたが、この頃はもっと欲が出ていました。自分が出ていれば金だった。伊藤を連れていけばよかったと後悔させるくらい活躍したいと思っていたのですが、理想どおり100点満点といってもいいほどの泳ぎができました」

選考会で敗れてからインカレで復活するまでトータル5ヵ月、ジャパンオープン終了から約3ヵ月、伊藤選手はこの急激な変身を「成長の証」と、表現してくれました。「2011年のインカレは50mで負け100mで大会新を出して優勝し、春の選考会でも100mの予選敗退後に50mで優勝しました。この悔しい気持ちを封印し、目の前の競技に集中する“切り替え”が僕の最も成長した部分でした。そして今回、選考会での失敗を乗り越え、二度と同じ失敗をしないと決意できたのも切り替えの力があったからこそ。それに“やめる”より“悔しい”が勝ったのは、水泳が好きで、勝利にこだわる自分がいることを再確認できたという意味でプラスになりました」

シーズンオフに入った現在、伊藤選手は水泳を続けるために大学院を受験し、2013年バルセロナで行われる世界選手権を目指すという決意を新たに固めました。ただ「4年後はまだわかりません」と伊藤選手。「もう現実的に将来を考える時期にあるし、一歩一歩という方が性に合っているから」。

これは言い換えると、この一歩一歩がいずれリオに繋がっていく可能性があることを意味します。4年後の選考会に伊藤選手が立っているのであれば、そのときはきっとジャパンの中心選手になっていることでしょう。再び立ち上がった伊藤選手、まずは来年のバルセロナを目指して一歩を踏み出します。