「BLADE FOR ALL」と「BLADE FOR THE ONE」と
「ギソクの図書館」の始まりは、その1年前、北海道の帯広で行われていたパラ陸上日本代表チームの合宿中、あるイベントで短距離走者の佐藤圭太がぼそりと口にした言葉だった。それはある企業がスポンサーとなって、地元の子供達をたくさん集め、彼らと一緒に走るというイベントだった。
「いっぱいの子供達と一緒に走るのは楽しいし、いいことだと思うけど、たとえ一人でもいいから義足の子を走らせてあげたい」
佐藤圭太が何気なく口にしたその言葉は、遠藤の中に刺さり、1年後の「ギソクの図書館」につながってゆく。遠藤はこう説明する。
「走るというのは一番身近にあるスポーツなんです。たとえ事故や病気で足を切断しても、ブレードをつけることでまた走ることができるということを子供達に体感してもらいたい、そう思ったんです」
ブレードの値段は20万円から60万円、さらに装着には専門の義肢装具士のサポートも必要となる。そういったハードルを一気に取り払い、誰にでも走る機会を提供する「ギソクの図書館」は話題になり、メディアにも幾度となく取り上げられた。
大成功だったが、同時に、新しい問題も見えてきた。ここに来れば走れる、ということは、ここに来なければ走れない、ということにもなる。
さらには、アイススケートと違って、走ることは基本的に毎日続けることができなければ意味がない運動でもある。それらの問題のひとつの解決策として、2020年、遠藤はまず地元静岡県を中心にBLADE FOR ALLという新たなプロジェクトに取り組み始めた。
様々な土地で様々な人に様々な人や企業を巻き込みながら、走る機会を提供する。走ること、走れることを日常の中にもたらす。そうすればそこに新たな物語が生まれ、また次の物語へとつながってゆく。もちろん物語の舞台は日本だけでなく、アフリカであったり、アジアであったり。ヒーローが一人誕生すれば、そこには次のヒーローを目指す若い力がまた生まれる。
ウサイン・ボルトを越えるにはあと1秒を縮めなければいけない。そのボトルネックになっているのは、競技人口の絶対的な少なさなのだ、と遠藤は分析する。
「我々はBLADE FOR ALLとは別に、BLADE FOR THE ONEというプロジェクトも進めています。こちらはトップアスリートに特化したもので、とことん研究した最高級のブレードを世界レベルにあるランナーに提供し、サポートするというものです。この二つはどちらがより大切、ではなく、あくまでも両輪として機能するんです。前者は後者の抱えるボトルネックを解決できるし、後者は世界最速に向けて蓄積されてゆくノウハウを前者にフィードバックできますから」
足を失った親友カズヒロのために新しい足を。そこから「義足のエンジニア」遠藤謙のチャレンジはスタートした。
「僕がボストンにいるときに、彼のお母さんから必死の声で電話がかかってきたんです。また肺への転移が見つかったって。医者からはこのままだと余命半年って言われたのだけれど、本人に伝えるべきかどうすべきか、って。結局お母さんは本人には伝えなくて、カズヒロはもう治療もやめてブラジル旅行に出かけたんです。今ですか、残念ですが、僕よりずっと元気ですよ、笑」
では今、なにがあなたを動かしているのですか?
遠藤はさらりとこう答える。
「やっぱり僕は『モノ作り』が好きなんです。そして、自分が作ったものでその人の人生がいい方向へと変わってゆく、こんなに嬉しいことはないですよね」

<了>

写真・文
近藤篤
ATSUSHI KONDO
1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。