陸上競技用カーボンブレード「Xiborg Genesis」

2014年、遠藤はXiborg(サイボーグ)という会社を立ち上げ、元陸上選手の為末大らと共に陸上競技用のカーボンブレードの作成に取り組み始める。しかしながら、まだ何の実績も残していない遠藤はどこへ行ってもほぼ相手にされなかった。
今現在、東京の江東区で義足ラボを経営する義肢装具士、沖野敦郎は、八方塞がりの遠藤に手を差し伸べた人間の一人だ。
「競技用のブレードをつけて日常的に走っている人って、そもそも日本では絶対数が多くないんです。そこからさらに、毎年ブレードを買い替えている人となると、さらに少ない。ですから、競技用のブレードって、基本的には大きなビジネスにはならないんですね。私が当時働いていた会社にも、ときどきブレードのビジネスを考えている人が訪れてきては、いつの間にか消えていなくなりました。だから、遠藤謙が来た時も、ああ、なんかまた誰か来たな、みたいな感じでした」
しかし沖野はちょうど同い年のエンジニア話を聞いてみることにした。
「彼のコンセプトは面白いなと思いました。それまで来た人たちは、こういうモノを作りました、使ってみてください、だったのですが、彼の提案は、こういうモノを作りました、これをどうやったら使いこなせるようになるのか、一緒に考えていきましょう、だったんです」
そしてそこに為末大という人間がいるのも大きかった。陸上をやっていた沖野からすれば、為末大は偉大な陸上選手だ。その彼が一緒になって、義足での走り方を解明してゆこうというのである。
ブレードを製作して試そうにも、まずそれを試着するアスリートがいなければ話は始まらない。沖野は佐藤圭太、池田樹生、春田純、3人のパラアスリートを遠藤に紹介する。
「まだ義足のサンプルさえできていなかったんですけどね。なぜ彼を信じたのか?彼の熱意、ヴィジョン…、まあ最終的には、義肢装具士としての直観だったのかもしれません」
2016年、サイボーグ社は競技用ブレード「Xiborg Genesis」の販売を開始し、同年9月のリオ・パラリンピックで佐藤圭太が着用、2017年にロンドンで開催された世界パラでは、佐藤らの4×100mリレーが銅メダルを獲得、トップアスリートの一人であるジャリッド・ウォーレスも同社のブレードを履き、100mで銅メダル、200mで金メダルに輝いた。
続く2017年の秋、競技用のブレード開発を続ける一方、遠藤はクラウドファンディングを通じて資金を集め、その年の後半に「ギソクの図書館」を設立する。江東区豊洲にあった室内トラック施設を舞台として、様々なサイズのブレードを予め用意しておき、ブレードをつけた走りを体験したい来場者に貸し出した。
アイススケート場のような場所、遠藤は「ギソクの図書館」をそう例えた。スケート靴を持ってない人間でも、受付で入場料を払ってシューズを借りれば、だれでも気軽にアイススケートは楽しめる、そんな発想を義足の世界に持ち込んだ。
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