写真を通しパラアスリートのアスリートとしての活躍・魅力を伝播
「東京パラリンピックまであと465日」本来であればちょうど開催100日前。日課のジョギングで東京駅近くを通過した際、目に飛び込んできたオリンピック・パラリンピックのカウントダウンボードに「気づいたら号泣していました」と話すのは、国内外で障害者スポーツを撮影し続けているフォトグラファー・越智貴雄さんだ。2020年3月25日、東京2020オリンピック・パラリンピックの大会延期のニュースが流れた。そのときは「スポーツは安心・安全が担保されてこそ行われるものと落胆はなかった」と振り返る。越智さんの妹さんは医療従事者で、過酷な状況にあった。その姿を見知っていたからこそ、「仕方がない。耐えるしかない」と無意識のうちに思考を停止していたのだろう。しかし本当は「パラリンピックの延期に対して我慢していたことに(カウントダウンボードに)気づかされた」のだった。
そもそも越智さんが障害者スポーツを撮影するようになったのは、2000年のシドニーパラリンピックからだ。大学を休学してオリンピックの取材をしていた越智さんに「このままパラリンピックも撮影しないか?」と声がかかった。「障害を持つ人にカメラを向けていいのか」という不安もあったが、大会が始まるや否やそんな先入観は吹き飛んでしまったそうだ。「パラアスリートが僕に見せたもの、人間ってこんな能力を持っているんだ。すごい!の一言でした」。このすごさを少しでも多くの人に伝えたいと、帰国後、写真展を開催。ところが来場者の反応は「障害者にこんなことさせていいの?」「かわいそう」。競技場で目の当たりにしたパラアスリートのすごさが少しも伝わっていなかった。障害者スポーツに対する社会的理解度が今よりも低かったにせよ、「いい写真が撮れた」という手応えがあっただけに、自分が見た・感じたすごさを自分の写真で伝えられない悔しさと、撮影させてもらった選手への申し訳なさが交錯した。以来、障害者スポーツの大会だけでなく、練習、合宿と機会があれば出向き、躍動する選手の姿をカメラに収めてきた。「たゆまぬ努力を積み重ねる彼らのありのままの姿を、アスリートとしてのすごさを、知らないでいるなんてもったいない」との想いからだ。
緊急事態宣言が解除されて最初の撮影は、パラリンピック競泳の成田真由美選手だった。越智さんの目に成田選手は、これまでと何も変わっていないように映った。すでに気持ちを切り替え、新しい目標に向かって今、何をすべきか、やるべきことをただひたすらやり続けていた。その姿に「アスリートってやっぱりすごい!」と改めて教えられたと越智さん。そして「今、自分ができることは何か」と自問自答し、「これまで続けてきた活動をやり続けて未来につなげるしかない」と、東京パラリンピックの開会式にあたる8月25日にパラアスリートら義足の女性によるファッションショー「切断ヴィーナスショー」の開催と、義足の女性をモデルにした「切断ヴィーナスチャリティーカレンダー2021」の出版を決意した。
障害者スポーツの魅力を伝える活動に加えて、義足の女性アスリートらをモデルに撮影する「切断ヴィーナス」プロジェクトは、競技用義足を作る臼井二美男さんとの出会いがきっかけだった。「臼井さんの義足はまさに芸術品。でも義足は隠すべきものと考えている人が多いことに驚き、それなら義足のかっこよさが伝わるような、隠さなくてもいいと思えることをしたい」とスタートした。2014年には写真集を出版し、その後、ファッションショーを企画・開催。写真やショーを見た義足のアスリートや女性から「次は自分も!」という声が寄せられ、「義足は隠すものという社会の思い込みが少しずつ変わってきている手応えを感じている」と言う。パラリンピックの延期を逆手に開催した「切断ヴィーナスショー」は、オンラインで配信されたこともあって、国内にとどまらず全世界から大きな反響を呼んだ。
たくさん見聞きしてもらうことで既成概念に気づき、それが徐々に解消されていく。障害者アスリートのありのままの姿を、義足の人たちの素顔を、写真を通じて広める越智さんは、彼らと社会を繋げる架け橋である。
越智 貴雄(1979年・大阪府出身)フォトグラファー
2000年から障害者スポーツの取材に携わり、アスリートとしての生き様にフォーカスする視点で撮影・執筆。2004年、障害者スポーツの情報サイト「カンパラプレス」を立ち上げる。2014年に障害者アスリートを含む義足の女性たちの美しく力強い姿を収めた写真集『切断ヴィーナス』を出版。翌2015年にはリアルに見て欲しいと、義肢装具士の臼井二美男氏とともに義足の女性たちによるファッションショーを開催。写真がさまざまなメディアで使用されるほか、書籍・写真集の出版、写真展の開催、テレビ・ラジオへの出演、連載コラムの執筆など多方面で精力的に活躍中。