平昌オリンピックのスピードスケートマススタートおよびチームパシュート競技へ向けたレース分析サポート
日本のスピードスケート競技では古くからスポーツ科学者が協力して選手やチームをサポートしていた。それを組織として系統立てたのが、メダルがゼロで終わった2006年トリノの翌年に作られた科学班だ。その後、2010年バンクーバーで一時持ち直すも、2014年のソチで再びメダルはゼロに。そこで2018年平昌に向け、“勝つ”と言う目標を明確に掲げ、抜本的な組織の構造改革を実施。科学班も再編され、現場との距離が近くなりデータを活用しやすい環境が整えられた。
科学班は、ナショナルチームの合宿や遠征など、年間を通してチームに帯同し、滑走映像の収集・分析を進めるほか、国立スポーツ科学センターの協力を得て開発した位置計測システムの活用や風洞実験によって得た科学的知見をコーチや選手にフィードバック。平昌オリンピックスピードスケート競技における日本のメダルラッシュを支えた。
「共に考えているという感覚は持っているが、正直我々のデータ分析がメダルに貢献したとは思っていない。少なくとも足を引っ張っていない程度。科学班の能力が格段に上がったわけでもない。カメラの画像処理能力が高くなったなどの技術進歩やマイナーチェンジはあるが、こういう形でやろうという観点やそもそものポリシーは、これまでのものを受け継いでいる。データを積極的に活用してくれる外国人コーチや、選手個人の能力や意識の向上、そしてデータを提供する我々も、どう伝えるとコーチや選手が活用しやすいかを考慮するなど、従来からの日本の技術力がうまく活かせる環境になってきただけ」と技術班の責任者・紅楳英信さんは謙遜する。
例えば女子チームパシュート。先頭に出た時に最高スピードで走れるよう、先頭でない時にどれだけ体力を温存できるか、空気抵抗を極力避けた隊列が鍵となる。前後に多少離れても空気抵抗は増えないが、左右に数十センチぶれるだけで、一人で走行しているのと同じくらいの抵抗を受けることが風洞実験にて明らかに。そこから滑走時の間隔や姿勢を導き出した。
また隊列が大きく乱れ空気抵抗を増すのが、先頭交代時だ。後ろに下がる選手が速度を落とし他の2人から離されたり、先頭交代の前に速度が下がりラップタイム自体が落ちるケースがあった。そこで位置計測システムを用い、滑走軌跡や滑走速度を算出、先頭交代時のコースロス、速度変化を定量化。そして先頭が走行速度を維持したまま数メートル大きく外に広がってから最後尾に速やかに着く、走行距離は伸びるが、速度の変化なしに交代できる戦術をとったのだ。さらに誰が先頭で何周滑るのがベストなのかの滑走パターンも検証。
「パシュートの戦術は、ソチの前から。かつては仮説に過ぎなかったが、今では科学的に検証できるのでコーチや選手の信頼度が違う。実は、我々と同じ作戦をとっているチームは結構ある。しかし実践するのはかなり難しい。大きく横に出すぎて追いつけなかったら、という恐怖感がある。練習を重ねないと難しいし、何より、日本人の侘び・寂びではないが、相手を思いやる阿吽の呼吸がなければ不可能」(紅楳さん)
選手・コーチ・組織、そして科学的なデータ全てが絡み合い、“和の力”を結集し“勝つ”と言う目標を達成したのであった。
日本スケート連盟スピードスケート科学サポートチーム
科学サポートチーム統括 紅楳英信(こうばいひでのぶ)
紅楳 英信 | 統括,撮影・分析 | 日本スケート連盟(スピードスケート科学責任者),相澤病院 |
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熊川 大介 | 撮影・分析 | 日本スケート連盟(スピードスケート科学スタッフ),国士舘大学 |
加藤 恭章 | 撮影・分析 | 日本スケート連盟(スピードスケート科学スタッフ),国立スポーツ科学センター |
皆川 唯 | 撮影・分析 | 日本スケート連盟(スピードスケート科学スタッフ) |
斉川 史徳 | 撮影・分析 | 日本スケート連盟(スピードスケート科学スタッフ),松本市役所 |
横山 瑠衣 | 撮影・分析 | 日本スポーツ振興センターハイパフォーマンスサポート事業スタッフ |
横澤 俊治 | LPM,風洞実験, パシュート戦略 | 国立スポーツ科学センタースポーツ研究部 |
山辺 芳 | 風洞実験 | 国立スポーツ科学センタースポーツ科学部 |