年度別チャレンジャー一覧

助成対象者のチャレンジ概要
橋本 彩
氏名
橋本 彩(はしもとあや)
助成実績
スポーツチャレンジ研究助成:第1期生
ラオス・ボートレースの民族誌

東南アジア大陸部に属するラオス人民民主共和国(以下ラオス)では、年中行事の一つとして雨季明けにボートレース祭を開催している。ラオスにおけるボートレース祭は200年以上続く伝統行事といわれており、現在でも全国各地でおこなわれ、年中行事としては1、2を争う盛大な祭りである。全国の中でも首都であるビエンチャン特別市ではもっとも大規模なボートレース祭が開催されているが、その祭りに1997年頃から変化が現れはじめ、多くのラオス人たちが伝統の消失に対して危機感を抱いている。ラオス人が危惧する伝統消失のひとつとして、新型舟の出現があげられる。ビエンチャン特別市のボートレース祭で使用される舟は元来、一本の長い木をくりぬいて作った丸木舟であったのだが、近年では数本の板材を組み合わせて作る構造舟が主体となってきており、舳先と艫の形状が全く異なる。新型舟は構造上、元来の丸木舟よりも舟自体が軽量であり、丸木舟よりも速く走らせることができるという。必ずしも舟の重さだけが勝利に繋がる要素ではないが、2年、3年と新型舟が元来の舟を差しおいて常勝するようになると、元来の舟で競漕している村々から不満の声が上がり、2000年を境にボートレース委員会が舳先と艫の形状を規準として参加する舟のカテゴリーを新型舟と伝統舟とに分けるに至った。

注目すべきはその際に見られたラオス人の伝統意識であるが、多くのラオス人は舳先と艫の形状だけに伝統を見いだしている傾向があり、ボートレース祭りのカテゴリーが二つに分けられて7年が経過した現在、舟の形式は構造舟でありながら、舳先と艫は伝統的な形状をつけられるよう工夫する村が出現しはじめている。果たして舳先と艫の形状だけがボートレース祭の伝統と言えるのだろうか。一方、1995年にユネスコの世界遺産に登録された旧王都ルアンパバーンで開催されているボートレース祭に対し、ラオス人の多くは「伝統を残している」と評価している。しかしながら、そのルアンパバーンにおいてさえもラオスが社会主義へと国の体制を変えて30年が経った現在、同様の変化が見受けられるのである。伝統は時代によって移り変わるものであり、固定した伝統というのはあり得ない。しかしながら、移り変わるものをある時期に調査・記録することはどの文化においても重要なことであると私は考えている。特にラオスは他国に比べ内戦の影響もあって調査研究の進んでいない国の一つである。現在海外からの援助が多量に流入し、急激な変貌をとげつつあるラオスにおいて、いままさに変化しつつあるひとつの伝統行事に軸を据え、彼らの文化ならびに伝統を調査分析、記録することで、ラオス文化の維持、さらにはアジア全域に広がるボートレース祭の比較研究に貢献できればと考えている。