クローズアップレポート

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清水 聖志人
氏名清水 聖志人
競技名レスリング/選手

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北京からの再起、そして終わりのないチャレンジへ
~モスクワ五輪をめざした父の夢を、自分の力で~

「北京オリンピックの選考大会に敗れ、中学生の頃からずっとターゲットにしてきたこの大会への出場が閉ざされたとき、“五輪での金メダル”だけをめざしてきた自分が意味のない存在のように思えてしまいました。高1から親元を離れて生活してきたことも、大学生活、そして卒業後の進路についても、それらすべての時間が無駄だったと考えてしまったんです。自分のレスリング人生そのものを否定して、引退も考えました」

フリースタイル60kg級の有力選手として期待を集めながら、北京のマットに立つことができなかった清水さんは当時をこう振り返ります。しかし、失いかけた清水さんの闘志に再び火をつけたのも、やはり「北京のマット」であり誇らしげに「メダル」を掲げる各国選手の姿でした。

「同階級の日本代表として北京に出場した後輩の湯元(健)選手が銅メダルを獲得し、先輩でもありライバルでもあった松永選手がフリースタイル55kg級で銀メダルを獲得しました。また、それまでの国際大会で自分が倒してきた外国人選手たちがメダルを掲げる姿を目の当たりにして、世界一への夢をそう簡単には諦められないことにやっと気づいたんです」

現役の続行を決意した清水さんは、2009年9月にデンマークで開催される「世界選手権での優勝」を新たな目標に掲げ、再び立ち上がりました。所属を持たないフリーの選手として、早稲田大学のコーチとして指導を行ないながら学生たちとともにトレーニングを再開したのです。

清水さんが「オリンピック」そして「世界一」に強い執着を持つ背景には、かつてのレスリング選手で、1970年代後半の日本の黄金期を支えた一人でもある父・清人さんの背中が常にあります。日本が出場をボイコットしたモスクワ五輪の代表候補であった父の夢を「自分が叶えたい」、そして「世界一に上り詰めたい」という思いを胸に刻み、その一点だけを見据えながら厳しく充実したレスリング人生を歩んできました。

名門・霞ヶ浦高校から日本体育大学へと進んだ清水さんは、ほぼすべての主要学生タイトルを手中に収め、また卒業後も全日本社会人選手権やニューヨーク国際トーナメントで優勝を飾ると、日本レスリング協会が選出する平成18年度の年間最優秀選手(社会人部門)にも選ばれました。

一方で、練習では圧倒的な強さを誇りながらも、ここ一番の勝負に敗れてしまうことがあり、周囲から「練習チャンピオン」という不名誉なニックネームで呼ばれていた時期もありました。

さて、再起を賭けて世界選手権の代表選考を兼ねた「全日本選抜選手権大会」にチャレンジした清水さんですが、残念ながらノーシードの伏兵選手に逆転で敗れ、目標としていた世界切符を逃してしまう結果となりました。

「残念です。ただ、北京の前とは気持ちがずいぶん違います。負けたからには理由があるはずですが、それでも自分は技術、スピード、体力といった総合力で今でもトップレベルにあると信じています。その力を発揮できないまま終わったら絶対に悔いが残る。あの試合を、選手としての最後の試合にはしたくありません。しばらく競技からは離れますが、トレーニングを続けながら新たな目標を見つけたいと前向きに考えています」

現在27歳。4年後のロンドン五輪には31歳になる計算です。

「でも、過去には30代半ばでの金メダリストもいますし、アメリカには30歳を過ぎてから初めてナショナルチームに加わった選手もいます。私の知り合いにも、しばらくレスリングから遠ざかった後に第一線に復帰した先輩もいますので、こうした人々に負けないよう私も頑張ります!」



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