
3月20日、東京都の御茶ノ水ソラシティカンファレンスセンターにて、2012年度から取り組んでいる“障害者スポーツを取り巻く環境調査”の一環として、公開シンポジウム「障害者のスポーツキャリアを考える ~ 100人のインタビュー調査から見えてきた支援と施策の在り方 ~」を開催しました。
冒頭で、当財団の常務理事の河邊 幸司は、「YMFSは、2019年からはパラアスリートを中心に、100人に調査を行ってきました。スポーツとの出会い方は本当にさまざまで、まさに100人・100通りのキャリアがあり、その背景には、家族、仲間、指導者、地域など、多くの支えがあることも見えてきました。シンポジウムではこの調査から見えてきたことを共有するとともに、これから障害のある方がスポーツをはじめ、継続していくためにはどのような課題があり、課題を解決するには、どのような支援や社会の仕組みが必要なのかを一緒に考えていく機会にしたいと思います」と、開催目的を共有してスタートしました。
参加者は、行政20%、競技団体18%、学校15%、障害者スポーツ協会10%、医療福祉8%、企業8%、報道5%、その他18%という非常に幅広い分野からの40名。まさに障害者のスポーツキャリアの調査結果を活用し役立ててもらえるメンバーを迎えて開催することができました。
これに続いて、当財団の障害者スポーツ・プロジェクトリーダーである藤田紀昭先生(日本福祉大学大学院スポーツ科学研究科 教授)による基調講演です。中でも100人の個人史データから見えてきた「スポーツを継続するための7つの視点(写真左)」についての解説と、この7つの視点のうち、1つあるいは複数揃っていないと継続が難しいということが示唆されたこと。選手のスポーツキャリアパターン(写真右)が12種類あることなどを紹介しました。
- 7つの視点、12のスポーツキャリアパターンについての詳細は、書籍をご覧ください。
そしてパネルディスカッションは、2015年に当財団のスポーツチャレンジ助成第9期生であり、シドニー・アテネ・北京・ロンドン・リオ・東京パラリンピック走り高跳び6大会連続で入賞した鈴木徹さん(一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 強化委員長)。北京パラリンピック柔道90kg級出場、全日本視覚障害者柔道大会90kg級7連覇、81kg級2連覇の初瀬勇輔さん(NPO法人日本視覚障害者柔道連盟 会長)。アトランタ、シドニー、アテネ、北京パラリンピックの車いすバスケットボール4大会連続出場、シドニー大会では銅メダル獲得された増子恵美さん(公益財団法人福島県障がい者スポーツ協会 書記)を迎えて実施しました。
コーディネーターは、当財団の障害者スポーツ・プロジェクトメンバーである河西正博先生(同志社大学スポーツ健康科学部 准教授)と齊藤まゆみ先生(筑波大学体育系 教授)が務め、書籍の内容の補足と裏付け、また新たな情報を追加すべく、以下の内容について、現在の立場とパラアスリートとしての経験を踏まえながらご意見をいただきました。

シンポジウムの最後は、公益財団法人笹川スポーツ財団政策ディレクターであり、当財団の障害者スポーツ・プロジェクトメンバーである小淵和也さんに総括していだだきましたが、100人・100通りのスポーツキャリアが見えたように、さまざまな分野でその多様性を受け入れ、丁寧に課題と向き合っていくことが大切であるということを参加者と共有することができました。今後はそれぞれの分野で、書籍の内容や今回のシンポジウムの中で語られたことに基づいた障害者のスポーツキャリアへの支援と施策が広がっていくことが期待されます。
鈴木徹さん(一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 強化委員長)
「メガネもかつては障害のイメージがありましたが、今は当たり前になりました。車椅子はもう一般化していると思いますが、義足もみんなの目に触れる機会が増えてきて一般化しはじめています。海外では普通に障害者のアナウンサーや気象予報士がいたり、日本でも音楽家やお笑い芸人がいたりするように、これらが一般化して、今後は障害のあるなし関係なく障害者が社会の中でいろんなポジションを担っていくことで、みんなが障害を普通に捉えられる社会になることが大切な状況に来ています。
スポーツの世界も同様に、近年では腕がない選手が甲子園に出てくることもあり、彼らがパラスポーツに入ってくる可能性もあります。このように、障害者は何か自分独自のものを突き詰めて、パラスポーツだけに限らず、それを社会の中で生かすことが求められてくるのです。
ようするに障害者アスリートはこれから、競技者に加えて二刀流、三刀流っていうのが普通になっていくのです。競技メインから指導者として活動するとか、その割合を変えることでスキルや知識が積み上がっていくと思っています。それでも、健常者や年齢との勝負に加えて、障害者は障害そのものとの勝負もあるので、周りからのさまざまな支援が必要で、それを活用した自分の武器を作っていくことが大事になるのです。」
初瀬勇輔さん(NPO法人日本視覚障害者柔道連盟 会長)
「なんとなく今、障害者アスリートは雇用があって成功しているように見えています。しかしアスリートを一生続けられるわけではなく、障害者自身も企業も現状でいいんだと思っている感があり、実際には引退した時にどうなるのかを先送りしている。本来はそれを意識した上での雇用が必要なのです。あとはスポーツでお金をもらえるのはすごいことですが、アスリート自身は学ぶ必要があり、どう会社に価値を感じてもらい、貢献していくかを意識してやらなきゃいけないということが重要であるかを伝えたいと思いました。
今回、スポーツに慣れ親しんでいる人がパラリンピックを目指しパラアスリートになっていくというお話がありました。増子さんはバスケ、鈴木さんはハンドボール、僕は柔道をやっていて障害者になりましたが、またスポーツができました。でもスポーツをやっていなかった人にとって、パラスポーツは遠い存在だと思うと、全国で子どもの頃からスポーツに親しみ、スポーツを好きになる環境を国として作ることがリスクヘッジになるのかなと思いました。競技レベルを上げるというよりも、障害者スポーツを通じて、仲間が増えたり、やりがいができたり、目標・夢ができたりする。そのためにもスポーツ好きな人を増やすってとてもいいなっていうのを思いました。」
増子恵美氏(公益財団法人福島県障がい者スポーツ協会 書記)
「今回は百人百様とありましたが、障害者スポーツ協会であったり、競技団体が個別の対応をしていかなければいけないっていうことを伝えたいと思って参加しました。やはりしっかりとその人を見て、その人が求める方向に道筋をつけてサポートするのが我々の役割なのです。こういった思いになったのは、私自身が障害の受容もできず何もわからない状況からサポートをいただいて目標を持つことができ、人生を豊かにしてもらったので、今度はそれを私がお返ししなきゃいけないっていう思いでやってきたからです。今日集まってくださった皆さんもきっと、社会の中で頑張っているアスリートに限らず、障害者全員のスポーツキャリアを支えたいという共通の思いがあると信じています。
また、藤田先生方がまとめた7つの視点っていうのは、地方では漠然とわかっていて、それに向かって取り組んでいますが、可視化されていないため、感覚で進めていたところがありました。今回こうやってまとめていただいたことで、1個ずつ課題を解決していけば、障害者が居場所を作りたい、競技をしたい、パラリンピアンになりたいということにつながっていくことがわかってとてもよかったと思います。」









