第5回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

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スポーツ討論会

日時 3月17日(土) 18:30〜20:00
テーマ スポーツは本当に必要か
パネリスト・司会 杉本 龍勇氏
法政大学経済学部教授
討論概要 スポーツに関わる人間にとって、スポーツは必要不可欠なものであることは間違いない。こういった人々にとってスポーツは生活の重要な一部であったり、自己の存在を表現するものであったり、生き甲斐だったりするだろう。しかし現状として、スポーツ実施者は未だ社会における少数派であることも事実であり、スポーツ関係者の考えだけでは、世論を反映しているとは言い難い。
そこで考えなくてはならないことは、「社会全体にとってスポーツは必要とされているのだろうか」、あるいは「社会が必要としているスポーツとはどのような姿なのだろうか」ということである。スポーツに関わる人々にとっては、このような疑問を持つ機会はなかなかない。そして、世論とスポーツの関係者との考え方にはギャップが存在する可能性もある。このようなギャップの内容によっては、スポーツ全体に対する評価にも影響を及ぼすことになり、スポーツ関係者の価値観や行動は「井の中の蛙」といった状況に陥ることも考えられる。そこで、日本の社会におけるスポーツの存在について今一度考え直す必要がある。そして、社会全体がスポーツに対して求める姿について検討し、理解をする。

テーマ:スポーツは本当に必要か

スポーツに関わる人間にとって、スポーツは生活の重要な一部であったり、自己の存在を表現するものであったり、生き甲斐だったりと必要不可欠なものです。しかし、スポーツ実施者は社会における少数派であることも事実です。スポーツ討論会は、チャレンジャーがこうした社会の現状を理解するとともに、自分たちが関わるスポーツが社会においてどんな存在であり、また社会がスポーツに求めるのはどのような姿なのかを考える機会として開催しました。以下、白熱した討論会の模様を紹介(全3ページ)しますので、ぜひご覧ください。

我われが愛してやまないスポーツは社会の「少数派」

杉本きょうは「スポーツは本当に必要か?」というテーマで皆さんと一緒に考えていきたいと思います。まず皆さん、スポーツは必要か必要ではないか、もし必要ならそれはなぜなのかを考えてください。イエス・ノーではなく、自分なりの理由もきちんと答えられるように。ではAさん、あなたなりの考えを話してみてください。

体験A小さい頃からいろいろな習い事をしてきましたが、自分が一番楽しめるのが陸上でした。私自身、陸上がない生活というのは考えられません。もう一つ、試合には観客が来てくれます。スポーツをしない人でも見ることを楽しみにしてくれるので、やはりスポーツは必要だと思います。

杉本はい、ありがとうございます。では、Bさんお願いします。

研究Bただ、生き延びるためならノーだと思いますが、人々がより楽しく、よりよく生きていくためという意味ではイエスです。スポーツはその目的を達成させてくれると思うので、私は必要だと思います。

杉本ありがとうございます。ぼく自身は一度だけオリンピックに出ました。小学校6年生の時に「オリンピックに出る」「金メダルを獲る」と決めて、それを目標にして、そのためにどういう生活をするべきかと考えながら、中学、高校、大学時代を過ごしました。そして大学4年生の時にオリンピックに出たわけです。ですが、2回目の挑戦となったアトランタ、3回目の挑戦となったシドニーはともに失敗しました。自分が実際に目標にしていたのは金メダルだったので、ぼくはある意味、成功者ではなく失敗者なのです。

ぼくにとってオリンピックというのは、自分の生活というか、生きるすべてと考えていました。30歳でアスリートとしての幕は閉じたのですが、その時、ぼく自身が考えていたよりも周りの反応が淡泊だった。自分にとっては、生きるか死ぬかの話だったのですが、周りからすると「仕方がないよ」でおしまい。その時、気づかされたのです。

だから、今では、失敗して良かったなと思っています。そこからずっと「スポーツは本当に必要か?」ということを問いかけ、研究業務や指導の現場でも常に疑問を持ちながらスポーツに携わっているという状況です。

スポーツの社会的な役割について、その代表的なものを簡単に挙げていきます。まずは「体力向上」。子供の体力低下が問題になっていますが、今の大学2~3年生がその問題を顕在化させた学年です。ちょうど20年前の女子の平均数値と、今の男子大学生の平均数値がほぼ一緒なのです。最近では8時間働けない人たちが社会に出てきているのです。「通勤電車に耐えられない」というような理由で、3分の1が辞めていくのだそうです。

他にも「健康増進」「教育」「競技力」「レジャー活動」「ビジネス」といったあたりが、スポーツの重要な役割と言えるでしょう。大切なのは、社会におけるスポーツということ。スポーツがあって社会があるのではなく、社会があってスポーツがあるわけです。

選手時代にぼく自身は大きな勘違いをしていまして、「オリンピックに出られない人はスポーツをやる意味がない」と本気で思っていました。今考えると本当に恥ずかしい、非常におこがましい価値観だったわけですが、競技力を上げる意識がないのだったら、やる意味がないと考えていたのです。

社会があってスポーツがあるという考え方。社会が変化していくことによって、その影響を受けながらスポーツもそれに準じて変化する。歴史的にも、スポーツが誕生してこれほど発展した時代はないかもしれません。たとえば商品であれば必要のなくなったものは淘汰されていくのですが、スポーツは発生してからずっと発展し続けていると言えるかもしれません。

スポーツが最初は見せ物だったという話も、皆さん基調講演でお聞きしていると思うのですが、そこからスポーツは発展し、今では生涯スポーツという言葉が発生しています。生涯スポーツというものも1969年にノルウェーで提唱された考え方なので、それほど古いものではありません。日本に入ってきてからまだ30年ほどしかたっていないのです。

最初はエリートがやっていたものが大衆化され、多様化して、結果的にはみんながスポーツをやれるようになりました。これはやはり文化や社会情勢の変化によるものです。現在のスポーツにおける特徴は、「多様化」と「個性化」。いろいろな目的をもってみんながスポーツに参加し、新しいスポーツが出てきたりもします。

たとえば、私もパラリンピック選手を指導していますが、昨年の世界陸上では、両足、下腿(かたい)切断の選手が健常者と一緒に走って準決勝に進出しました。障害者スポーツではなく、「多様化」したスポーツの一部という考え方の一例です。さまざまな情勢を柔軟に受け入れ、アクセプトしやすいとらえ方をしているのだと考えるのです。

「個性化」についてはスポーツ用品を見てもわかるように、非常にカラフルになりました。また中高生が高価なオリジナルシューズを履いているケースも少なくありません。そういう意味で、価値観は多様化して、個性を反映していくということになるわけです。

またスポーツは、自分のアイデンティティを保持するためのツールでもあります。皆さんにとっても、自己概念を形成する重要な一部になっていることでしょう。しかし、ここに落とし穴があって、成人の週1回以上のスポーツ実施率というのは50%にも満たないという現実があります。昨年6月、超党派の議員によってスポーツ基本法がまとめられて国会を通過しましたが、前のスポーツ基本法が策定されたのは1963年。これは、どういう年ですか?

体験B東京オリンピックの前年です。

杉本そうですね。ということは、東京オリンピックのためにつくられた法律のまま、50年間続けられてきたわけです。しかしその間、スポーツは大きく変化している。先ほども言いましたように、多様化して、大衆化して、個性を反映するようになりました。

ところで、その前回の基本法には、成人の週1回スポーツ実施率を2010年までに50%以上にすると書いてありました。つまり、我われは少数派なのです。選挙をやったら負けてしまうのです。世論を反映してないのです。ここが、きょう皆さんにまず頭に入れてほしいところです。我われが愛してやまない、情熱を注いでやっているスポーツは少数派。そこを踏まえて訴えていかないと。そのうえ、競技やっている人となるとさらに少なく10%にも満たない。このギャップが非常に大きいわけです。

今、一番行われているスポーツは水泳ではなく、サッカーや野球でもありません。もっとも多いのがウォーキングで、その次が軽い体操。ところでウォーキング大会のルールをご存知ですか。またその大会で最も多い参加者からのクレームとは何か、ちょっと考えてみましょう。

体験B走ってはいけない。

杉本そうですね。もう一つぐらいどうですか。

研究B楽しく話しながら歩く、とか。

杉本ありがとうございます。では、そのルールに対してどんなクレームが出るのか、そこまでちょっと想像してみましょう。

研究C歩いたら疲れてしまった。

杉本ありそうですね。では次の方、お願いします。

奨学生Aコースが決められてしまっている。

杉本確かにね。では、それに対してのクレームは。

奨学生Aついでに買い物に行きたいのに行けない。

(一同、笑い)

杉本ありがとうございます。そういうウイットというのは、ぼくはスポーツに関わる人に大切だと思います。では次の方。

研究C会話ができる程度のスピードで歩く。

杉本では、それに対してのクレームは。

研究C周りが話していて、うるさい。

(一同、笑い)

杉本ありがとうございます。ウォーキングで非常に重要なルールは、「競争してはいけない」というものです。では、それに対して出てくるクレームはというと、「あの人が私を追い抜いた」と。これはまじめな話です。どうですか、皆さんの価値観と合っていますか。競争をしないということに耐えられますか。競争したら怒られるのです。しかし、実施者として一番多いのはこのウォーキングなのです。