第5回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

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スポーツ討論会

アスリート、研究者としての「社会貢献」とは

杉本最後に、社会から見た時に「スポーツへの期待とは何か」について考えてみましょう。

たとえば親が、何を求めて子どもにスポーツをやらせるか。ぼくは今、小学生の陸上指導も行っているのですが、保護者の皆さんからは「あいさつを覚えさせてください」「口の利き方を覚えさせてください」「礼儀を覚えさえてください」と言われます。競技力の向上はその後なのです。

スポーツ選手が社会から高い競技力を期待されるのは当然です。しかしそれと同時に、本質的な部分では社会性が求められているのです。ロールモデル、つまり模範です。スター選手と一流選手の違いは、付加価値の違いに加えて、人格とか行動とか、そういった部分が大きく反映をされてきます。たとえばアメリカのNBAは一時期だいぶ人気が落ちてしまいました。タトゥーを入れた選手が、ヒップホップの格好で会場に入ってくる。これを見た観客が離れて、今ではスーツ着用での会場入りが義務づけられています。とても小さなことですが、そこからまた人気が回復してきました。もちろんプレーの質は大きく変わっていないにもかかわらず。

ぼくは経済学・経営学の分野なので、消費者に認知してもらう、消費者に支持を受ける、そういう観念から入ります。経済効果と言いますが、スポーツがすばらしいから人が来るのではなく、スポーツを使って、国や町を潤わせるためにやっているってことだというところから入ります。そうしたことを念頭に置いて、またグループワークをしてもらいましょう。自分の存在、研究、パフォーマンス、それは必要とされているのか。必要とされるためにはどんな要素が必要なのか。今の自分に何をプラスアルファしていくべきなのか。何を変えていくべきなのか。何をそぎ落としていくべきなのか。そういったことを議論してもらって、発表してもらいます。では、いきましょう。



では、Aグループから発表してください。

研究Fぼくら自身の商品価値、ブランド価値を上げることが、支援してくださる企業や団体に対する貢献だと思います。ぼくの夢は、海外でサッカーの指導者として成功することですが、向こうで成功すれば、かかわる企業や団体のブランド価値の向上につながる。それを成し遂げれば、自分のブランド力の向上になると思います。研究者であれば、研究の質を上げることで、日本というブランドが高まる。

杉本ありがとうございました。もう少し具体性があると良かったと思います。商品価値という言葉が出てきましたが、それはとても大切です。我われがやっていることは商品ですので、対価を生まなくてはなりません。では、次のグループいきましょう。

研究G自分たちの存在意義は、社会とのリンクというところをしっかり仮定しながら、少数派であるスポーツを多数派に広げていこうという話し合いになりました。その中で、サッカーであればピッチ、陸上であれば競技場、ウォーキング大会であれば土手といった会場で、研究者は多分、認知機能だとか、行動変容とかそういった専門用語を使っていると思うのですが、そういった情報発信を一切止めにして、高齢者などその場にいる全員にわかるように説明するということを共通理解として高めていく、これが一番重要であると考えました。

研究I 付け加えます。下に降りていくばかりじゃなく、地域の人たちにも、おばあちゃん、おじいちゃんたちにも、ちゃんと勉強をしてもらえるような、自分たちの言葉を理解してもらうためのアプローチも大切だと考えます。

杉本共通理解。これも非常に重要な言葉です。ありがとうございました。

研究H私の研究テーマは、サッカーの無回転シュートです。それに伴ってボールの開発とかウェアの開発にも携わっていますが、無回転シュートに対して、世界中の子どもたちが知りたいことは、きっと「どうすれば無回転シュートを蹴れるか」。それを科学的なアプローチから取り組んでいます。そうした要求に対して、現場でコーチングできる、また、最終的にはサッカーの指導書に載せることも計画しています。一番重要なのは、杉本先生もおっしゃったように、商品としての価値ということで、新しいボールをつくったり、サッカーシューズをつくったりする研究も進めたいと思います。

杉本指導書という、そういう落とし込みも重要ですので、非常に良かったと思います。

体験Eアスリートの経験を活かした社会貢献、それについて話しました。アスリートとして、いろいろな競技での体の動かし方、トレーニングの中での体の動かし方を普通の人よりもたくさん知っていますので、私たちが普段、スポーツで体を動かしているようなことを題材に、小学校や中学校や高校生を対象にした、体づくりの講習会みたいなものができるのではないかと話し合いました。また、スポーツに対する取り組み方について一般の人たちと意見交換をしながら考える時間が持てれば、それが社会貢献につながるのかなとも考えました。

杉本それをスポットで終わらないように、継続できるかということが大切ですね。そういうことも頭に入れて、今度はぜひ実践してください。ありがとうございました。

研究I今やっている研究は、動物実験とか、お皿の上で細胞を飼ったりとか、実際にスポーツとつなげるというのは非常に難しいと思うのですが、大きな夢としては、たとえば運動ができない人に対して、その運動の効果を持つ薬を開発したりとか、そういうことにつなげたいと考えています。一番気をつけなければいけないのは、やはりマジョリティは運動をしない人、もしくはしたくない人なので、その人たちが、じゃあこれを飲めば運動しなくても運動の効果が得られるのだということで、さらなる怠慢を招くようなことにならないようにしないと。そのためには、医療現場などと協力して、適切な人に処方できる環境をつくっていく必要もあると考えています。

体験OB私たちのグループ、実は研究者とアスリートとインターンなのです。それぞれの経験を語り合った時に、研究者がどんどん性能のいい薬をつくればつくるほど、少し矛盾があると。では、どうすれば社会貢献になるのかといった時に、発想の転換とコミュニケーションが必要だという結果になりました。私はスター選手にはなれなかったのですが、経験をしていく中で、ビジネスとしてスポーツを見ることができて、自分の立場を違う角度から見ることもできた。実際、その経験をどう還元していくのかと考えた時に、大手がやらないこと、誰もやっていないことをずっとやってきて、壁があっても体当たりしていくと。この行動力や突破力を使って、誰もがしないところでどんどんやっていく、行動していくことで社会に貢献できるメッセージを発信できると思います。

杉本知らない人に知ってもらうとか、突破力とか、そういったところは重要ですので、ぜひ今後もそれを反映させて活動してほしいと思います。

体験F私たちのグループにはアスリートが3人いまして、選手の立場から考えました。社会にとって必要とされているかということから考えてみましたが、必要とされているという考え方はないというところにまず、落ち着いた。私もショートトラックをやっていて、この競技をいろいろな人に知ってもらいたいという思いで活動しています。では、知ってもらうためにはどうしたらいいかと考えた時に、やはり成績を残すことが一番手っ取り早い。あとは、発信する機会もつくらなければならない。ただ、それは選手だけの力では無理で、協会などと協力しながらやっていくものだと話し合いました。

杉本今時の言葉で言うと「いいね」って、クリックしてもらえるようになることが重要です。「いいね」をクリックしてもらえるよう、工夫をしてください。

体験G私たち3人も競技をやっているのですが、皆さんが言われたように、すぐお金を生むというような貢献は、ぼくたちにできません。そうではなくて、お金にならないけれども、こうやって応援してくださる方々がいて、試合で勝ったり負けたりして、その人たちの次の日からのモチベーションになったりとか、やる気を生んだりだとか、そういうことで貢献できると考えました。もし、ぼくたちのがんばりで、そういう気持ちの変化が生まれるのであれば、それが社会貢献になるだろうと思います。お金が生めるような貢献をめざすなら、協会自体を動かしていくような人間になるために、もっと実力を上げて、そういう立場に立っていくというアプローチかなと思います。

杉本競技者である以上、パフォーマンスを上げるのは最低のライン。そうすることで、周りの人が応援してくれるようになる。応援してもらえる選手になるというのは、すごく大切な考え方だと思います。そのためには、競技力以外のところで考えていくことも必要です。がんばってください。

体験H私たちの討論は、最初から迷子になってしまいました。なぜ迷子になってしまったかというと、スタートした頃も今も社会に貢献するという観点でスポーツを始めていないので、私たちにとって一番大きな社会は女子サッカー界だったり、射撃界であったり。小さい子からおじいちゃん、おばあちゃんまでの社会に何をもって貢献できるか、必要とされているのと言われたら、正直、まだ必要とされていません。ですから、さっき先生がおっしゃっていたように、発信力のあるレベルまで達さないと、アスリートとしては社会から必要とされないな、という結論に達しました。

杉本大切な話ですね。女子サッカーの話が出ましたけど、なでしこの選手は非常に良いコメントをしますね。なぜかというと、彼女たちはアルバイトであったとしても、ちゃんと働いているからです。そういう部分を大切にしてください。ありがとうございました。

留学生B私たち研究者としては、人々はスポーツ活動を通してより体を丈夫にして、心をもっと強く、そして周りの自然の環境の資源をよりうまく利用すること。人間とこの世界がともに健康的に成長して、生活することが一番大事なことと考えました。

留学生C少し追加すると、この地球につくられたものは、すべてのことがスポーツを通したら、ごみにはならないと思います。海での水泳ももちろん自然を使うし、また、こういう施設や体育館なども、そのスポーツをやっている人に限らず、一般の人にも利用されていると思います。

杉本大きな話から入ってきましたけど、最終的にプレゼン能力というかマーケティング能力が重要だと思います。がんばってください。

研究L先生がおっしゃっていた、マーケットということに関して言えば、マーケットはつくるものだと思っておりまして、我われのブランド力というのは最初からないのは当然なので、我われがいかに社会の中で価値のあるものになるかということによって、そこに付加価値であるとか、経済的な意味が生まれて、それによってさまざまな活動が生まれてくると考えています。

杉本ありがとうございます。すでに存在する市場なのか、あるいは新しい市場を開拓していくのかは別にして、市場というものをきちんと意識して研究活動されていくというのは重要だと思います。自信を持ってやってください。

研究M我われはアスリートと研究者の混合グループなのですが、共通のワードがないかと模索した結果、「興味」という言葉を抽出しました。競技者としてやはり自分の競技に強い興味を持っており、それを実践することによって周囲の人たちが「元気や勇気を与えてくれる」というふうに言ってくれるそうです。研究の場合は、やはり研究者としての興味があって、その道を進むことによって、より良い治療や運動処方を確立することができるだろうと。つまりスポーツは、自分の興味であるし、他人の興味でもあるということです。

杉本ありがとうございました。では次の方、お願いします。

研究Nぼくらの結論としては、スポーツが社会に必要とされるためには何かしらのクッションが必要だろうと。たとえばぼくらが研究したものが指導者を通して選手に還元されていくとか、その指導者が教科書を見て勉強する場合には、やはりここにいる先生方のような研究の蓄積があってこそだと考えます。ただ、「見るスポーツ」という観点からすると、NHKのニュースでも必ず5分間のスポーツ報道があるわけですから、「スポーツには必要性があるか?」というような話ではない気もしています。

杉本ありがとうございます。ワンクッション置くというのは、win-winの関係をつくるということですよね。プレーヤー、研究者、指導者、そして観衆のみんなが、win-winの関係になるようなつながりができればいいと思います。ありがとうございました。それでは最後のグループ、お願いします。

体験I社会から必要とされるためには、まずわたしたち自身がトップレベルの選手であることがまず絶対条件だと思います。水泳を例に話をさせていただくと、北島康介選手がアテネオリンピックで「メダルを取る」と宣言し、それを実行しました。北島選手の株はぐんぐん上がり、北京オリンピックで金メダル二つ、世界記録も二つ。その結果、北島選手が着用した水着のブランドが世界中から注目され、日本の企業が潤いました。

杉本非常に具体的な、ロールモデル化の例でした。あなた方を見てみんなが憧れる、応援したくなる、そういう存在になれるようにがんばってください。ありがとうございました。

きょうは、ぼくから皆さんに対して、課題を投げかけるというかたちで進めさせていただきました。こういうふうに考える機会は、今まであまりなかったと思います。きょう話し合ったことをぜひ毎日の活動の中で実践していただき、皆さんの活躍がもっと世の中に評価されるようになっていってほしいと考えています。そうしたことを常に頭に置きつつ、ぜひ自分のキャリアを磨いていってください。ありがとうございました。


パネリスト・司会

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プロフィール

杉本 龍勇(すぎもと たつお)
法政大学経済学部教授

1988年の全国高校総体の陸上100m優勝を皮切りに国内外の大会で好成績を収め、1992年のバルセロナオリンピック陸上4×100mリレーに出場。その後、競技を続けながら法政大学卒業、ドイツ留学。2004年に中京大学大学院博士課程を修了し、浜松大学講師、法政大学経済学部准教授をしながら、Jリーグクラブやラグビーチームのフィジカルアドバイザー・コーチを歴任。2011年4月から法政大学経済学部教授。