記者懇談会「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました

昨年11月の「東京2025デフリンピック」、そして今年3月の「ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会」が開催されました。これに伴い当財団は調査研究活動として、デフリンピックについては「社会的認知度調査」、パラリンピックは「テレビメディアによる障害者スポーツ情報発信環境調査」と、「パラリンピアンに対する社会的認知度調査」を実施しました。

そして、2026年9月5日(土)、同志社大学東京サテライト・キャンパスセミナー室にて、「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化 ~東京2025デフリンピック、ミラノ・コルティナ2026パラリンピックから見えること~」と題した記者懇談会を開催し、テレビ放送局、新聞社、通信社などの報道関係者14名に参加していただきました。

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました

今回は「障害者スポーツ・プロジェクト」のメンバーが、各調査結果を報告。さらに、デフリンピックのメダリストである菰方里菜選手、パラリンピックのメダリストである新田佳浩選手を迎え、大会前後で自身を取り巻く環境や認知度の変化について意見をいただいて、デフ・パラスポーツを取り巻く環境変化などの実情を共有し、これを材料として各メディアからデフ・パラスポーツの情報を社会に発信していただくことで、認知度の向上や振興に向けた取り組みについて検討する際の一助となればと考えています。

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました
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まず、笹川スポーツ財団 共生社会推進グループ長 シニア政策ディレクターの小淵和也氏がデフリンピックについて報告。「全国」、「東京都」、「東京都以外の46道府県」という3つのカテゴリで東京2025デフリンピックの認知度や認知経路、関心度、観戦有無や観戦形態についての調査結果を菰方選手や報道関係者の皆さまに意見をうかがいながら共有しました。

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました
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この報告について筑波大学体育系教授の齊藤まゆみ先生は、「2005年のメルボルン大会から追い続けていますが、今回の東京大会は、これまでとは質の異なる大会だったと感じています。印象的だったのは、開催前はほとんど認知度が上がらなかったのが、開催を契機に上昇したこと。デフリンピックについて知る、もしくは関心を持ってもらうきっかけになったのです。
一方で、認知や関心の高まりが、その後の行動変容には必ずしもつながっていないことも分かりました。手話を覚えたい、聴覚障害者についてもっと知りたいといった意識は、大会後に低下しています。これは、デフリンピックという言葉がシャワーのように入ってきて大会前に期待が高くなりすぎて、イメージと実際に見たものとのギャップが生じたことも一因ではないかと考えています。
また、東京大会は“聞こえない人のための大会”から、“聞こえる人と聞こえない人がともにつくる大会”へとその姿を変えました。その新しい大会の形と、大会ビジョンである共生社会の実現にはいくつものステップがあることが、今回の調査結果にも表れているのではないかと考えています」と、総括しました。

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました
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続いてパラリンピックの報告を、同志社大学スポーツ健康科学部 准教授の河西正博先生が行いました。「テレビメディア報道」では、過去の大会の放送時間の変遷、日本代表の放送時間について。「パラリンピアン認知度」では、日本代表選手の認知度、観戦形態、過去5大会観戦後の感想などの情報を共有。新田選手と報道関係者の皆さまが結果に対しそれぞれの実感を語るなど、白熱した議論が展開されました。

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました
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これを受けて、日本福祉大学大学院スポーツ科学研究科 教授の藤田紀昭さんは報道関係者の皆さまと対話しながら総括として、「報道量が減ったのは、東京大会では特別な報道体制が組まれていた一方、その他は通常の報道体制であったことや、時差、制作コストなどが影響したのではないかと考えています。これはパラスポーツに限ったことではなく、マイナースポーツ全体が抱える課題でもあります。
今後は、メディア側だけでなくスポーツ界そのものが変わっていくことも重要です。例えばテニスでは、車いすと健常者の連盟が連携して、一緒に大会を行ったりしています。だとすれば、メディア側だけの事情ではなく、スポーツ界の統合が進んでいくことで報道の流れも変わってくると考えられます。国内ではまだ、こうした統合の機運は十分とは言えません。
一方、東京大会で多くの報道が行われたおかげで、例えばボッチャの認知度は、以前は約1.8%という時もありましたが、東京では46.2%まで上昇しました。また報道量は減っても、競技や障害について“伝える”ための土台やノウハウが蓄積されレガシーとして残っていくと思っています」と締めくくりました。

「デフリンピック・パラリンピックの社会的関心の変化」をテーマに記者懇談会を開催しました
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菰方里菜さん(デフテニス選手)
菰方里菜さん(デフテニス選手)

東京2025デフリンピック女子ダブルス金メダル・シングルス銅メダル

「こうした会に参加した経験はほとんどありませんでしたが、参加者の方々が想像以上に興味を持って話を聞いてくださったことが印象に残っています。数値だけでなく、それをグラフにして見ることで、自分では気づかなかったことが見えてくるのも新鮮でした。特に印象に残ったのは、“手話を覚えたい”など一部の項目が大会後に減少していたことです。数値をどうやって上げていくのかは、本当に今後の課題になるんだろうなっていうのは実感しました。
また、“デフリンピック”という名前が大きく取り上げられる一方で、デフスポーツには年間を通して全国大会や世界選手権などさまざまな大会があります。それをもっと知ってもらいたいと思っていますし、そのために私自身も健常者の大会にも出場しています。まだレベル差はありますが、健常者に近づいてパフォーマンスもすごいんだよっていうのを感じてもらうことで、デフテニスっていうのをもっといろんな人に知ってもらいたいなと思いました」

新田佳浩さん(パラクロスカントリースキー選手)
新田佳浩さん(パラクロスカントリースキー選手)

1998年パラリンピック長野大会から2026年ミラノ・コルティナ大会まで8大会連続出場

「今回、この懇談会に声をかけていただいたことは、自分の役割が変わってきたことを実感する機会でした。これまで多くの大会に出場し、メディアとの関わり方を客観的に見られるようになったからこそ、自分の言葉で伝えることにも意義があると感じています。
今回、デフ・パラリンピックについて認知度や報道の実態などを知り、興味を持ってもらうことの難しさも感じました。記者の方から紙とデジタルの媒体があり、デジタルが重宝されていることや、その中でも障害者スポーツの記事は読まれにくいといった話しを聞くことができて勉強になりましたし、SNSでファンを増やしていくフェーズに変わり、多くの情報が飛び交っている中で、自分たちが日の丸を背負って活動する姿をどう見せるのか、どう伝えていくのかを考えさせられる機会になりました。
また、藤田先生の、健常者と障害者の大会を別々に開催するのではなく、一つの大会で各カテゴリーがあるような形にすれば、メディアも取材しやすく、より多くの人に競技や選手の存在を知ってもらえるという言葉が印象に残っています。
そのためには大変な作業があり、いろんな過程があると思いますが、長野大会ではパラリンピックのことをみんな知らない状況から組織が変わり、20年前には想像できなかったことが起こっています。10年後には想像できないような、よりインクルーシブな大会が実現していることを期待しています」