スポーツチャレンジ賞
勝つこと以上に、大切なことがある。
例えば、我々が普段視覚で認識していると思っていたことが、実は聴覚と深く関わっていることがある。味方の選手が相手ボールに対してワンタッチしたかどうか、サーブを打たれたと同時にポジション移動をするとき・・・。
そういう時、実は健聴者の世界では耳で判断していることが多い。
あるいは、練習で教えたことを試合中、コートの中にいる選手にどうやって伝えるのか?ほんの些細なアドバイス、例えば、落ち着いていこう、練習でやったことを思い出そう、そんな簡単な言葉でさえ、目の前にいる選手たちにうまく伝わらなかったりすることもある。
音が聞こえないということはこういうことなのか、合宿を重ねるたび狩野には新たな発見があったが、選手たちが持つ障害が自身の指導方法の行く先を曇らせることはなかった。要するに、いかにして上手くなるか、バレーの本質、勝つための本質はそこにしかない。
そんな試行錯誤の中、狩野はブルガリアのソフィアで行われた2013年大会で日本代表女子チームを銀メダルに導くと、その4年後、トルコのサムソンで行われた2017年大会で史上初の金メダルに導く。
世界の頂点に立ったという感慨はもちろんあった。それがどんな大会であれ、勝つことは大きな喜びをもたらす。しかし同時に、狩野にはまだまだやれるし、絶対に勝てるという確信を持ってデフリンピックに臨んだわけではない、という引っ掛かりがあった。
チームはサムソンに乗り込んで以降、長い時間を共に過ごせば過ごすほど、猛烈な成長を遂げてみせた。同時に、最大のライバルと目されていたアメリカが準決勝でこけてもくれた。もちろんそのことが金メダルの価値を落とすわけではないが、狩野の中にはデフバレーにはまだまだ大きな可能性が残されていることを確信させられる経験でもあった。もっと時間を費やすことができたら、もっと裾野を広げられたら、もっと良い環境で選手たちがトレーニングを積むことができたら。
同時に、一度の勝利で満足してゆく選手たちをいかにしてバレーボールの世界に引きとどめてゆくのか。あるいは新しい選手を毎年毎年どのようにして見つけ、育ててゆくのか。頭を悩ませる新たな問題も次々に生まれていった。
代表の監督を引き受けて7年、狩野にとって一番大事なことは昔も今も変わっていない。勝つこと以上に、一つ大切なことがある。それは、それぞれの選手が一体どうなりたいのか、どのような選手になりたいのか、もっと言えば、どのような人になりたいのか、ということだ。それは健聴者の世界でも、音のない世界でも変わらない確固たる価値観だ。
だからこそ、と狩野は言う。
「サムスンでの金メダルが日本デフバレーのゴールでもなく、頂点でもないんですね…。今回の受賞、もちろん光栄ですし、とても嬉しく思っています。でも、私には私を支えてくれた人々がいて、その人たちにもその人たちを支えてくれる人がいます。ですから、この賞は私個人ではなく、私たち全員がいただいたものだと思っています。そして何よりも、この賞を通じてデフバレーがもっと認知され、もっと良い環境の中で発展してゆくきっかけになればいいかな、本当に心からそう思います」
<了>
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