スポーツチャレンジ賞

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YMFS SPORTS CHALLENGE AWARD SPECIAL CONTENTS

HIDENOBU KOBAI × AKIRA KUROIWA

スポーツ科学が競技現場で担う役割

YMFSいつか必要とされなくなるかもしれない、という怖さはあるのですか?

紅楳もちろんそれはあります。スピードスケートの世界が大好きなので、当然今の仕事にずっと関わっていたいという願望はあります。私自身、スピードスケートに成長させてもらいましたし、いつかオリンピックや世界選手権の舞台で、日本人選手がオランダ人選手を破ってメダルを独占する日が来てほしい、という夢もありますから。

黒岩ちゃんとやっていれば必ず結果は出ますから、紅楳さんなら、そんなこと心配しなくても大丈夫だと思いますよ、笑

YMFS選手や監督にとって、いい仕事をする科学サポートチームとそうでない科学サポートチーム、そういう違いは実際にあるものなのですか?

黒岩もちろんありますよ。これだけの数字が出ている、これが正しい、だから私のいうことを聞きなさい、そういうタイプの科学者もいます。私自身、現役時代から科学の重要性は誰よりも理解していた自負はありますが、科学者から「絶対にこれが正しい」という意見を何度も聞かされ、押し付けられることで、科学に対する拒否反応みたいなものが生まれた時期もありました。個人的には、科学というのはあくまでも事実を確認するものであって、科学が選手に先行してしまうのは避けるべきだと思っています。

紅楳ソチから平昌までのこの4年間、私は常に、選手やコーチをはじめ現場がいま何を求めているのか、それを基準に判断を下してきました。我々の知見を伝える際も、そのタイミングには細心の注意を払います。ある状況で伝えるとチーム内に混乱を引き起こしてしまう可能性のあるデータ、あるいは、そんなことはないと拒否される可能性のあるデータなど、科学的には明らかにこうした方がいいと思えるような結果であっても意図的に出したり出さなかったりします。ヨハンに全てを伝えているわけでもないし、彼が100%こちらの意見に同意してくれるわけでもありません。実際、議論になることも多かったですから。

黒岩チームパシュート競技の先頭交代もそんなテーマの一つだったですね。

紅楳パシュートのレースは、3人の選手が縦一列に隊列を組み、先頭の選手が入れ替わりながら滑っていきます。先頭交代は先頭を滑っている選手がその隊列から一旦外れて列の一番後ろに回ります。その分選手の滑走距離は長くなりますし、3人が空気抵抗を受ける時間も長くなって、カオスの時間が生まれるわけです。隊列を組んでいる意味が崩れるというか。

黒岩紅楳さんをリーダーとする科学サポートチームは、その先頭交代をなるべく少なくする、隊列を外れるときは一度大きく膨らんでまた列の後ろにつく、といったことをヨハンに提案したんです。けれど、たとえどんなに正しい理論でも、ヘッドコーチにしてみればその変化を取るリスクもあるし、選手にしてみれば一度大きく膨らんだらそのまま隊列から置いていかれるかもしれない、という怖さもあります。あるいは、前日にチームの誰かと誰かが大げんかをしていて、科学的な話を聞けるような精神状態にないかもしれないし。

紅楳ですから、科学的な実験や検証は間違いなく大事なことなんですが、同時にその数値や事実が相手の中に自然に入っていってプラスの結果に繋がっていくようにする、そういうコミュニケーションスキルもかなり大事なのではないかと思います。粘り強く、自分はこう思う、ということを主張し続けて、なんとか理解してもらうしかないんです。

<次のページへ続く>



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