スポーツチャレンジ賞

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【コラム】日本スケート連盟 スピードスケート科学サポートチーム
OPINION
【コラム】600年分のハンデ 写真・文 近藤篤 ATSUSHI KONDO

オランダのアムステルダム国立美術館にヘンドリック・アーフェルカンプという画家の描いた「スケートをする人々のいる冬景色」というタイトルの作品がある。今から15年ほど前、レンブラントの絵を見に出かけた際、たまたまこの絵と画家の存在を知った。

アーフェルカンプは17世紀前半にオランダで活躍した風景画家だ。冬の景色を得意とし、人々の仕草を細やかに描くその繊細なテクニックによって、当時は最も人気のある画家の一人だった。

1608年ごろに描かれたというこの絵の中には、氷の張り詰めた運河の上でスケートに興じる人々の姿が描かれている。アイスホッケーに似たゲームに興じている人もいれば、ソリを押す人の姿も見える。

徳川家康が江戸に幕府を開いて5年が過ぎた頃、ユーラシア大陸の向こう側で、彼の地の人々はすでに氷の上を楽しそうに滑っていたわけだ。

それから400年と少しの後、アーフェルカンプの母国オランダは、2014年のソチ五輪で金8銀7銅8、合計23個のメダルを獲得し、続く平昌五輪でも金7銀4銅 5、合計16個のメダルを獲得した。今現在スピードスケート界の「絶対王者」として世界に君臨する。

平昌でそのオランダに次いで好成績を納めたのは金3銀2銅1を獲得した日本だった。

メダルはゼロ、入賞わずか4というソチでの惨敗を教訓とし、日本スピードスケート界は、わずか4年の間に様々な改革を進め、態勢を立て直した。

復活劇の舞台裏には、実に様々な人々の存在がある。勝ったのは選手、その選手を指導したのは監督やコーチ、それは100%の事実だけれど、彼らもまたその周りを実に多くの人々に支えられていたからこそ、より高みを目指して進んでこられた。

今回取材中にお話を伺った一人、カルガリーオリンピック銅メダリストであり、現在は日本スケート連盟スピードスケート強化部副部長を務める黒岩彰氏の言葉を借りれば、「全ての人たちが大事な歯車であり、それら全ての歯車がしっかりとかみ合うことで、素晴らしい結果が生まれる」ことになる。

奨励賞を受賞した「日本スケート連盟スピードスケート科学サポートチーム」の皆さんもその歯車の一つということになる。

彼らの仕事は選手たちに関するデータ、映像の収集、分析だ。それらの数字や分析結果は統括役の紅楳氏によって、ヘッドコーチあるいは選手に届けられた。

もっとも、それらのデータや分析結果が必ずしも受け入れられ、採用されるわけではない。彼らの知見を活用するかしないかはあくまでもヘッドコーチと選手の判断に委ねられるからだ。しかし、たとえ自分たちの提供したデータが受け入れられなくても、彼らはまた次の日から黙々と科学的見地からスピードスケートを分析し、改善の可能性を探り続ける。スポーツにおける科学の仕事とはそういうものだ。

彼らの存在を知り、取材を通じて彼らの収集したデータやレース分析、理論などを教えてもらった後に、改めて平昌の女子チームパシュート決勝を見直してみるのは興味深い体験だった。

日本チームの選手3人のスタート位置、隊列、先頭交代のタイミング。それら細部ひとつひとつに、監督や選手だけではない、第三者の存在を感じる。するとあの決勝のレースにこれまでとはまた違った感慨や感動が生まれるのだ。

日本にスケートがもたらされたのは19世紀末頃、札幌農学校が舞台だったとされているが、その頃の日本にはアーフェルカンプのような画家はいなかったから、誰がどんな格好でどんな風に氷の上を滑っていたのかはわからない。

スピードスケート発祥の地と言われるオランダでは、13世紀頃には現在のスケートシューズの原形を履いて氷上を滑っていたそうだ。仮に19世紀末頃を日本スピードスケートの誕生とするならば、本家オランダからはその時点で600年ほど遅れていることになる。

600年のハンデ!そう考えると、日本のスピードスケートはまだまだ始まったばかり。オランダに追いつき、追い越すことも決して夢物語ではないような気がする。

写真・文

近藤篤

ATSUSHI KONDO

1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。



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