第9回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

このページをシェア

スポーツ討論会

日時 3月19日(土) 19:00〜21:00
パネリスト・司会 瀬戸 邦弘
公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団、スポーツチャレンジ研究助成 第6・7・8期生、上智大学 文学部保健体育研究室 講師
テーマ アスリートが研究者に期待すること、研究者がアスリートに期待すること

アスリートが研究者に期待すること、
研究者がアスリートに期待すること

個人の能力を、全体の知として結実させるグループワーク

瀬戸大学生によくこんな問いを投げ掛けます。「あなたは今、健康ですか?」――と。大学生になると自由なひとり暮らしや楽しいアルバイトやサークル活動が始まったり、活動の範囲が急に拡がりをみせ、彼らは青春を謳歌することになりますね。その一方で、生活のリズムや食生活が乱れたり、飲酒や喫煙の機会に遭遇したりすることにもなります。あわせて、高校時代のように運動部活動や体育がなくなり、運動不足にもなってくる。大学生活というのは、実は‟不健康の入り口“なんてことにもなりかねないわけです。でも、当の大学生たちはその有り余る体力によって、その事実に気づかない場合さえ多く「とても健康です」と答える学生も多いです。彼らは「大学生」という若者社会や若者文化の中で「当たり前」と思われる習慣や生活に身を浴し、それに合わせるように自身の生活を成立させることに安心しきっているのかもしれません。つまり、皆(大学生)にとって当たり前だから、自分もその(不健康な)生活に身を任せているのかもしれません。枠組みに寄り添うことで安心できる。それは大学生に限ったことではないかもしれません。大げさに言うと、我々日本人はすべからく日本文化に身体や精神を寄り添うように生きているのかもしれませんし、逆に言えば、この文化という構造物の上にしか人間は存在できないのかもしれません。つまり、健康って、単に医学や健康科学におけるエビデンスを基準に語られるだけではなく、各々の文化や社会から切り離して語ることができないものであるのかもしれません。今日は、「総合的な視点から物事を見る大切さ」のケーススタディとして健康を文化の側面から見た時に何が見えるのか、討論会に先立ち、ちょこっとだけお話しさせていただきます。

皆さん、ご存じのように、西アフリカではエボラ出血熱が大流行しました。感染力が強く世界的な問題として、盛んにメディアで取りあげられていたことは記憶に新しいかと思います。

さて、国際的な枠組みの医療団が最新の医療技術を駆使して活動しながらも、なかなか感染を抑止できませんでした。ご存知の通りですね。もちろんエボラ出血熱の感染力の強さが大きな要因ですが、今回のケースでは、地域住民の思考と病の関係が大きくクローズアップされました。たとえば、この地域では、病とはウイルスなどが原因になるものではなく、人々の負の思い(呪い)などによってもたらされるものと考えられている事実があります。そのため、エボラ患者は、たとえば自宅のそばに最先端の医療を受けることができる病院があってもそこを積極的に利用しない場合が報告されて、医療者を、世界を驚かせることになりました。理由は簡単です。病院に行くということは、すなわち「自分や家族が呪われている」ということを地域コミュニティに可視化されてしまうことになるからです。また病は、呪いによりもたらされるものでありますから、当然、それを取り除けるのは医師ではなく呪術師となります。したがって、彼らは呪術師によって呪い(病)を封じ込めようとする。つまり、彼らの社会には我々の認識する「エボラ出血熱」というウイルス性の感染力の強い病気は、そもそも存在していなかったのです。つまり、ここでの最新医療は、土着の伝統的な民間医療よりも説得力がなかったんですね。したがって、本地域で効果的な医療を展開するためには、まず医療者と患者の認識のすり合わせが必要となったわけです。地域住民が持っている価値の体系と親和性を持った活動ができないと医療は成立しないことが証明されることになりました。まさに健康や病は文化的現象だったのです。

ところで、この話が対岸の火事なのかというと、実はそうでもない。たとえば、若者の「ダイエット」。美しさを求めて、食事を摂らなかったり偏った食事をしたりする。健康を考えれば「(たぶん)身体に悪いこと」だとわかっていたとしても、科学知としての健康を度外視して他の価値に自然に寄っていったりもする。つまり、我々も科学知の中に住んでいるようで、自身の文化的価値を優先しているのかもしれません。身体への眼差しでいえば、中国のてん足やミャンマーの首長族などの人びとをみればわかりやすいですね。文化には各々の基準があり、大袈裟に言うと我々は文化に支配されているのです。

それでは、きょうの討論会に話を移します。テーマは「アスリートが研究者に期待すること、研究者がアスリートに期待すること」です。各グループの中に、研究者、そしてパラスポーツやマイナースポーツの体験チャレンジャーなど、背景を異にする人たちが集まっています。ところで、今回の討論会に際して‟ヤマハスポーツ“という言葉を作ってみました。この言葉は、YMFSが興味関心を払い、積極的に助成しているパラスポーツやマイナースポーツを指します。本討論会では、この‟ヤマハスポーツ”をいかに日本社会で活き活きと活動できるようにするのか、その方策を具体的に立案していただくことになります。その途次で、参加者の皆さんには、これまで個々で培ってきた個人の能力を応用してチームとしてその体験チャレンジャーたちをいかにサポートするか、どういうふうにサポートしたらより活き活きと活動できるかということを考えていただくことになります。

ところで、同じスポーツを研究していたり、競技者として取り組んでいたりしながらも、実は我々は自分の世界(文化)のモノサシによって対象との距離を測っているかもしれません。我々は研究やアスリートという各々の文化に支配され、物事がよく見えるようになった反面、自分たちの世界以外の見方や価値に鈍くなっている可能性があります。今日は、お互いの文化の違いをまず前提として想定し、それを十分認識し、その違いを活かし、また補完し合えるような議論の展開をお願いいたします。

今回の討論形式はプロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)という形式でして、特に決まった答えが用意されているわけではありません。この討論会を企画した我々の想像を超えるような、具体的で創造的で、すぐに世の中を変えることができるような素敵な提案を期待しています。

それでは、グループワークを開始する前に、昨年参加されたお二人から少しその体験を話していただきます。それでは芦田創さんと向井薫さん、お願いします。

芦田こんばんは。9期生の芦田です。去年は、パラスポーツの普及についてグループで考えました。結論としては、僕が社長を務める会社をつくって、みんながそれぞれ専門性を活かせるポジションで活躍するというプランです。研究者による競技サポートはもちろん、ビジネス面ではパラアスリートのタレント化を考えました。そこで、僕が思ったことは、正直、パラアスリートは守られた世界にいるということです。障害者の世界の中で、スポーツをやっているという。パラアスリートもしっかりアスリート化していかないと駄目だと思いますし、勝負の世界に自ら飛び込んでいかなければいけない。僕自身も競技力を向上させて、子どもたちに芦田選手かっこいい! と思ってもらえるようにならなければいけないし、パラの枠を越えて、アスリートと呼ばれる存在にならなければと去年のグループワークで感じました。

向井そのプロジェクトで、プロデューサーを担当した向井です。去年、私はかなり積極的に参加させてもらいました。中でも良かったなと思ったことが三つあります。まず一つは、異分野の人たちとコミュニケーションできたことで、自分の知らない知識や感覚、知見、課題といったものを吸収できたこと。二つ目は、自分自身のバイアスに気付いたことです。障害者アスリートを支援する策を考えようというテーマでしたが、いざ、芦田選手と話してみたら、とてもじゃないけど、支援を求めるようなタイプではなかった。自分でガツガツ意志を持って、自分がやりたいことがはっきりしている人間だったので、支援なんていうのは健常者のおこがましいエゴであって、自分自身も、障害のある人を一段低く見ていたんじゃないかなと気付きました。三つ目は、討論会を通してパラアスリートの見方が変わり、自分の専門性と関連付けて、ビジネスの発展性を考えました。実際、アメリカの大学に戻ってからも、パラアスリートやマイナースポーツの競技者の経済的自立をめざすプロジェクトを考え、ビジネスプランを作って授業でプレゼンしました。この討論会は、積極的に参加すればするほど、そうした気付きを得られるきっかけになると思いますし、こういう集まりは他では得られないので、今年もまた、皆さんと一緒に議論できたらと思っています。


各グループのプレゼンテーション

グループA今回は、世界ランキング65位、日本ランキング3位のフェンシング選手が、世界ランキング1位、東京オリンピックで金メダル獲得をめざすチャレンジのサポートを考えました。その中で特に大きな課題は、年間およそ700万円もの強化費です。そこでまず、私たちは世界トップ選手の情報を3Dで集めます。そのデータをバーチャルリアリティーのようなもので再現し、世界トップ選手と何度も対戦できるシステムを構築します。さらにこのシステムをベースにゲーム化し、販売します。ゲームの売り上げは強化費に充てるとともに、一般の方に競技を知ってもらうという機会づくりにも活用します。強化については、トレーニングのあり方に課題を見つけました。最大の問題は、フェンシングの特異的な動きを普段のトレーニングでは全くしていないということです。これは後半のスタミナ不足にもつながっています。フェンシングの特異的な動きにアプローチしたトレーニングが必要です。また、速い動きを繰り返すときの呼吸のタイミング、それに合わせたトレーニングと、手と足との協調性等に特化したトレーニングも必要です。さらに足首に慢性的な捻挫を抱えているので、それに関するリハビリも集中して行います。最後に、それらの実現のための資金を獲得するため、歌って戦うアイドル「YMH48」を結成します(笑)。構成は、強化費に悩むYMFSチャレンジャー48名(一同:どよめき)。総選挙の順位により、配当金額を変動させます。デビューシングルは「恋するフルーレ」(笑)、作詞作曲と楽器提供はヤマハミュージック、広報活動はオートバイレースの車両を使って展開します。以上です。


グループB僕たちのグループの対象は、イケメンのスノーボードクロス選手です。彼の目標は、2022年の北京オリンピックで金メダルを取ることです。また引退後は、指導者になることを望んでいます。オリンピックで金メダルを取る前に、まずワールドカップで金メダルを取らないと話になりません。ですから、そこまでの過程を僕たちでサポートしていきます。競技力を伸ばしていくために、彼は拠点を海外に置きたいと考えています。そのためには年間300〜400万円が必要です。こうした資金を獲得するために、彼のファンを増やす取り組みをします。僕たちのネットワークを活用して、大学でのイベントや各種講演を積極的に行っていきます。また研究チャレンジャーや留学生のメンバーには、フィジカルサポートや語学サポートを担ってもらいます。また、モーションキャプチャーの専門家もいますので、リアルなスキーゲームを開発して、そこから収入源を得るようなシステムにもチャレンジします。以上です。ありがとうございました。


グループC 私たちのテーマは、パラ競技会の観客増です。パラ競技会のスタンドには、選手の親族以外ほとんど観客がいません。そのスタンドを満席にしようという取り組みです。しかし、いきなり会場を満席にしようとしてもそれは夢に過ぎません。現実を直視して、2016年度は入場者300人を目標に設定しました。そのために、三つの具体案を考えました。一つ目は、選手にYouTuberになってもらいます。彼自身が競技やトレーニング、学術的な背景などについて動画で配信します。また、有名な陸上選手との対談コンテンツなども考えています。二つ目は、教育的な観点からパラスポーツを広める取り組みです。私が行っている一般教養体育の講義で、スポーツの多面性という観点からパラ種目を実演する。それに対して学生からレポートを集めます。あるいは、パラの大会の観戦に行って、レポートを出してくださいという課題を出す。こうした中には、卒業後、行政に関わる学生もいますので、将来的な投資にもなると考えています。三つ目は、グローバル企業であるヤマハ発動機のウェブサイトに、パラ競技の関心を高める連載企画を掲載していただく。以上です。


グループDテーマは馬術競技です。ライダーは馬を信じ、馬もライダーを信じ、いかなる障害も飛んでいくという素晴らしい競技です。しかしこの競技は、大きな三つの課題を抱えています。一つ目は、日本はオリンピックで90年間もメダルを獲れていないこと。そして、観客が集まらない、競技人口が増えないという課題です。まず強化についてですが、人と馬、それぞれの研究はたくさんありますが、人馬が一体になったとき、それが互いにどのような影響を与えるのかということがわかっていません。そもそも馬は固定したパターン下で力を発揮するのみ、人はあくまでトリガーを与える存在なので、馬の動きを人が阻害しないというのがパフォーマンスを発揮する上で大切です。そのために、トレッドミルに馬と人を乗せて、直接、筋電図や動作、呼吸などのデータをとっていく。人馬一体の科学です。これを競技力の向上につなげます。また、観客が集まらないという点に関しては、協会と自治体が協力してスポーツツーリズムを活用します。大きな国内大会は山梨、兵庫、大阪で開かれますので、それぞれの季節に合ったキャンペーンを打ちます。競技人口の拡大については、礼に始まり礼に終わる馬術と騎士道の共通点にフォーカスして普及していく。馬と気持ちを通わせる喜びや達成感をたくさんの人に実感してほしい、というところで発表を終わります。


グループEスカッシュという競技を皆さんもあまり知らないと思います。私たちは、スカッシュの一般認知度を高めることと、アスリートを育てる環境づくり、という二点においてどんな貢献ができるかを考えました。まず、たくさんの人にスカッシュを経験してもらうため、大学の授業に導入します。また、ヨーロッパでメディカルスタッフをしているメンバーが、イギリスを拠点とする選手をサポートします。10歳からイギリスで暮らしている彼は、日本でスカッシュがどのように普及してきたのかを把握していません。私たちのグループには、スケートがどのように普及したかについて研究したメンバーがいますので、その知見を役に立てていきたいと思います。また、学校教育から普及させていく方法など、具体的な普及ルートを提示できるかと思います。さらに、北海道のスキーリゾートにスカッシュの施設をつくる、もちろん、つま恋でもスカッシュ施設の建設を前向きにご検討いただければと思います。


グループFスヌーカーというビリヤード競技の存在を、皆さんは知らないだろうと思います。(ここで競技者がスヌーカーについて説明) しかし、こうして15歳の若者が、皆さんの前でルールを説明し、その魅力を情熱的に語る。この行為自体が彼の成長に直結すると我われは考えました。私たち自身も彼の説明を聞いて、ぜひやってみたいと感じました。YMFS事務局の皆さん、スヌーカーセット一式を購入していただき、来年のスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティングでは、タグラグビーとあわせてみんなで楽しみましょう。以上です。


瀬戸みなさん、お疲れ様でした。各グループ真剣に、そして楽しく議論してくださった結果、たくさんの面白いアイデアが生まれました。このアイデアをこの場のケーススタディとしていただいても結構ですが、それだけではもったいない気がしています。ここで生まれた素敵な「知」をヤマハのよき仲間たちとともに部分的であっても実現していくことなどがあれば、この討論会を企画した人間としては、これ以上うれしいことはありません。いずれにしても思い描いた絵(夢)を実現していくことが我々研究者・アスリートにとって生きるということだと思います。多くの人々に喜んでもらえるような絵を描けるように、常に自分たちを支えてくれる家族や仲間に感謝して頑張っていきましょう。


パネリスト・司会

スポーツ討論会
プロフィール

瀬戸 邦弘(せと くにひろ)
公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団、スポーツチャレンジ研究助成 第6・7・8期生、上智大学 文学部保健体育研究室 講師