第11回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

このページをシェア

特別講演

演題 選手を支えるコーチング
講演者 丸山 弘道氏
株式会社オフィス丸山弘道 代表取締役、車椅子テニスコーチ
講演概要 車いすテニスプロプレイヤーの国枝慎吾。絶対王者と言われ続けてきた中で、肘の故障による戦線離脱から、2018年のオーストラリアンオープンで、2015年以来のグランドスラムを制覇した。選手を支えた16年間に渡る「選手」と「コーチ」の試行錯誤。国枝慎吾を支え続けた、トップアスリートの育成の在り方や指導者としての役割を考える。
  1. コーチングとは
  2. 考えること
  3. 質が高いこと
  4. シンプルであること
  5. 経験から学んだプラスアルファ要素

以上の5点から、どのように「選手を育成する」即ち、「人材を育成する」ことを、継続してきたのかを紹介する。

コーチングとは、選手の気持ちを引き出すこと

ここにいる皆さんは競技や研究に取り組む中で、自分の考え方やフィロソフィーをきちんと持たれているのではないかと思います。そこがブレてしまうと自分が何をしているのか、どこに進んでいくのかということも忘れてしまいます。きょうはまず、私自身の理念から紹介させていただきます。

私はテニスコーチですので、老若男女、健常者・障害者を問わず、生涯スポーツとしてテニスを楽しむことで豊かな人生を歩んでいただきたい、そして私自身も豊かな人生を歩みたいと考えています。そこから二つの『ジリツ(自立・自律)』ができる人間を育成することと、このようになりたいという生き方のモデルとなるスターを育んでいくことを考えています。私の夢は、日本一・世界一の選手やコーチを育成すること、自分を含めて多くの方に夢を持ってそれを実現してもらうこと、それからテニスコーチという職業に夢を与えること、さらに夢を持つ大切さと尊さを伝えていくことです。

コーチの語源は馬車。その人を目的地まで運んでいってくれるもの、相手の目的達成のためにサポートする人ということです。コーチにはさまざまな資質が求められます。スキルは当然のこと、コミュニケーション力、人間力、情熱、愛情などが大事なポイントだと考えています。

ティーチングとコーチングの違いについてですが、選手を管理・監督するのがティーチング、選手の気持ちをうまく引き出すのがコーチングだと考えています。一方で、私はジュニアの指導もしていますからティーチングが必要な場面にも遭遇しますが、基本的には気持ちを引き出していくための言葉や、同じ目線にすることなどに気を付けています。

コーチが伝えるべきことは、助言をしていくことと警告をしていくことです。警告はそれ以上やり続けると間違ったほうに行ってしまうレベルになったときに発します。選手たちはいろいろな考え方を持っているので、それまでは選手自身を信じて見てあげることが大事です。それから説得していくことと、基本・基礎をきちんと伝えていくこと。素材の質を高めていくことが私たちの仕事なので、目標に対してすべきことをはっきりさせていかなくてはなりません。

「コーチングの三大効果」は、相手を育てる、相手を支援する、相手を前向きにするということ。これに加えて「コーチングの三原則」は、双方向のコミュニケーションであること、継続的にコミュニケーションを交わしていくということ、相手に合ったコミュニケーションスタイルを取るというものです。

まず双方向のコミュニケーションについてですが、一方が話している間にもう一方は次に自分が何を言うかを考えています。これではコミュニケーションになりません。相手が話したことを聞いて、それについて自分も話していくことが双方向のコミュニケーションの大事なポイントです。
二つ目の継続的にコミュニケーションを交わすについては、相手が行動を起こすまで、もしくは変えるまでフォローし続けるということです。手を替え品を替え、根気と勇気を持つ姿勢がコーチには必要です。
三つ目の相手に合ったコミュニケーションスタイルとは、人はそれぞれ違うということです。100人いれば100通りの伝え方が必要です。たとえば複数の選手を見るとします。男子なら私のことを「俺たちのコーチ」として見てくれますが、女子の場合は「私のコーチ」と捉えます。ですから女子の場合、ある選手と10秒見つめ合ったら、他の選手とも10秒見つめ合って話すということに気を配ります。

私は選手に対して「最後まで自分が見る」と伝えたことは一度もありません。自分のレベルを超越した選手は、次のレベルのコーチをきちんと紹介するところまで責任を持つことが大事だと考えています。抱え込んでスポイルしてしまうことは選手が育っていかない大きな一つの要因ですので、常に自分の元からどんどん卒業させていくという考え方を持ちながら選手と関わっています。

医者と同じで視診、触診、問診を常にしていくことがコミュニケーション能力につながる大きな要素だと考えています。コミュニケーションには声だけではなく、ボディランゲージや顔の表情も関わってきます。姿勢や手の動き、服の種類などは、声よりも選手たちにとって影響力が高いという数字があります。ですから自分が落ち着きたいときにはどのようなウェアを着ていたか、選手を燃え上がらせたいときにはどのような色の服を着ていたかなども自分の中では気を付けるようにしています。

自分の足で歩んだ道と距離が、本物の武器になる

選手とのコミュニケーションなしには、どんなに経験のある指導者でも成功しません。コミュニケーションがうまくいけば、モチベーションが向上してきます。学習も向上します。もちろん指導の向上にもつながってきます。具体的な目標設定が常にできている状態になりますから、研究者でもアスリートでも問題解決力をいかに向上させていくかが自分の能力や可能性を引き上げていくことにつながると思います。

質の高い選手の育成とは、長期計画であり、一喜一憂しないことが大切です。質の高さとは、精密性と堅実性。堅実というのは皆さんもご承知のとおり、しっかりとして危なげがなく安定していることです。また、テクニックの最終目標はスピードやパワー、多様性、正確性などいろいろな問題が関わってきます。精度を上げるためには複合的な問題を探していくことが大事です。原因ではなく要因を突き詰めるということです。一喜一憂しない理由は、知識と経験に基づいたトレーニング計画やトーナメント計画を、短期、中期、長期できちんと考えられることが非常に大事なポイントだと思うからです。

「1万時間」の話を皆さんも聞いたことがあると思います。私はこれを一人前に成長していく時間なのだと考えています。たとえばアスリートでいえば小・中学校に行っていれば1日3時間の練習が限界なので、それを換算していくと大体10年ぐらいの時間になります。経験上、この1万時間を過ごすことで、自分の評価をきちんとできる人材に育っていきます。テニスは18歳でジュニアが終わるのですが、そこまでに7,500時間ぐらい費やすと自分の判断ができるようになります。プロの世界に行くのか、実業団に行くのか、それともテニスをやめるのか、大学に行ってテニスを続けるのかということを自分自身できちんと判断できるようになるのです。

私は国枝慎吾選手を17歳のときから指導しています。2007年には世界ランキング1位になっていたのですが、「2008年のパラリンピックで金メダルを取って初めてナンバーワンだ」という話を彼ともしていました。2008年までに5,000時間弱の時間がかかりましたが、彼は努力をする天才で、時間があれば常に努力をしていました。5,000時間はあくまでテニスをプレーしたり、テニスに関わるトレーニングをしたりした時間です。それ以外の時間の中で彼は結構テニスに関わる努力をしていたと思います。

最後に、実践で私が感じたことをお話しして終わりにします。
自分の足で学んだ道と距離というのは本物の武器になります。たとえば選手と話し合ったときに、こういう技術を身に付けようとコーチから言うのか、それとも選手が感じて言うのかで、習得時間は3倍違います。選手が言うと3倍短くなります。そしてこれは試合で最後にポイントをもぎ取るための武器になります。

それから最後に勝利をもたらす選手の力は何かというと、やはり欲とスタミナに尽きます。欲がない人間とスタミナのない人間に世界は獲れません。それからゲームメークとイマジネーションが大事です。研究者でもアスリートでも皆さん感じていると思うのですが、やはり想像力がないと発展しません。

我われは皆、初めは誰もが平凡です。その平凡な人間が、365日の間、基本の繰り返しを尋常ではないレベルで継続していって非凡に変わっていくのです。毎日、考えに考えてコツコツやっていく力が非常に大事ということです。ありがとうございました。(講演抜粋)


講演者

丸山 弘道氏
プロフィール

丸山 弘道(まるやま ひろみち)
株式会社オフィス丸山弘道 代表取締役
一般社団法人 道夢(どうむ) 代表理事
当財団スポーツチャレンジ賞 第1回奨励賞受賞

全日本ジュニアテニスランキング最高10位。玉川学園高等部、明治大学と進み、インターハイ、インカレに出場。大学卒業後は、一般企業に就職するも、4年後、公益財団法人吉田記念テニス研修センターに入職。ジュニア担当、車いすテニス選手担当コーチとして、全日本ジュニア、全国中学生大会、インターハイチャンピオンを育成。また、パラリンピアンの国枝慎吾選手や斎田悟司選手、藤本佳伸選手などを指導。2012年に退職。現在は2014年に設立した株式会社オフィス丸山弘道代表取締役、一般社団法人 道夢(どうむ) 代表理事、国枝選手、三木拓也選手の専属コーチを務める。)


  • ※2018年2月28日現在
  • ※敬称略