第11回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

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スポーツ討論会

テーマ パフォーマンス向上に繋げる論理的思考力を養う
ファシリテーター 野口 智博氏
日本大学文理学部 教授、水泳コーチ
討論概要 大学4年時ソウル五輪選考会で落選し、途方に暮れていたその年の9月に、西ドイツ代表チームが日本で合宿を行うとの情報を入手した。そこで見た光景は、「1人の選手に8人のスタッフがいる」という、見事なまでのサポート体制だった。「水泳界だけでも良いから、一刻も速くそのようなシステムに変えたい」との思いから、仲間を作って30年間突っ走ってきた。その結果、2016年リオ五輪では、仲間内からメダリストコーチが2名出て、私自身もパラでメダリストコーチとなり、オリ・パラ共に数名の仲間が科学スタッフとして、様々な研究・開発やレース分析を手がけ、業界を牽引するようになった。科学的にパフォーマンスを認識し、選手やスタッフが「論理的思考力」を持ち問題解決に力を注ぐことで、選手が大きな目標を叶えるための原動力になることがわかった。今回は、「どのように選手のパフォーマンスに向き合うか?」を、研究者、指導者、選手それぞれの立場で疑似体験し、以降の練習や研究活動への取組みに、何らかの影響を及ぼすようにしたいと考えている。

科学と実践に橋を架ける、という志

私は日本大学を卒業しましたが、その後学んだ日本体育大学大学院の指導教授が浅見俊雄先生でした。この日本体育大学大学院を選ぶきっかけになったのが、浅見先生が書かれた『スポーツトレーニング』(1985年・朝倉書店)という本でした。きょうはこの書籍から一部抜粋させてもらって話を進めていきます。

本の最初に一枚の絵があります。川を挟んで一方には科学者、反対側にコーチがいます。そして、その間に橋が架けられています。浅見先生ご自身が描いたものか私は知りませんが、スポーツの現場を俯瞰した素晴らしい絵だと思います。その絵に「本書の目的は、スポーツ科学とスポーツ実践の現場の間に橋を架け、科学の言葉と現場の言葉に翻訳することである」と添えられています。

以降、さまざまなスポーツの現場でこのようなことが叫ばれるようになりました。私も所属しているNACAジャパンというストレングスコーチの資格を出している団体のホームページには、「研究に裏付けられた知識の普及を通じて、一般の人々に対する健康の維持増進、アスリートに対する障害予防やパフォーマンスの向上のために貢献する」という趣旨が記されています。
一方、私がメインにしている日本水泳・水中運動学会のホームページにも、「Bridge the Gap」という言葉があります。会長の合屋十四秋先生の言葉ですが、これもまさしく研究と現場をつなげていくという意味と捉えています。この学会は非常にユニークで、いろいろな先生方が水着でプールに集まって行うセッションがあります。そのようになかたちで、ずいぶん以前から、研究者が現場の問題点を共有する流れをつくるよう務めています。

それでは、そのような発想がどこから始まったのか? についてお話しします。私は1990年、日本代表チームで泳いでいました。志だけは一人前に高く、一生懸命頑張っていましたが、空回りすることも多く、伸び悩んだ時期もありました。そのようなときに、いろいろなつながりで集まった水泳仲間たちの間でプロジェクトがつくられ、『スイミングマガジン』に毎月2ページをいただいて連載を始めました。
当時の編集長が、そのチームに『半熟隊』という名前を付けてくれました。一人ひとりは「コーチとしても半人前」「選手としても半人前」「研究者としても半人前」だけど、みんな集まれば何かできそうだということでした。そのときの仲間たちは30年後、いろいろな分野で活躍しています。学連の幹部になった人や、パラリンピックのサポートをしている先生、またリオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得した金藤理絵選手のコーチもいます。 

浅見先生の本の最後には「規模に応じた役割の転換」について書いてあります。我われが若い頃にプロジェクトを組んで共有していたのは、科学サポートの重要性に関する情報でした。その流れの中で国立スポーツ科学センターができ、さまざまなサポートが公的に受けられるようになってきました。あらためてお話したいのは、1985年の段階で、浅見先生はすでにこのようなことをおっしゃっていたという事実です。

一部を紹介しましょう。「けがをしたときに、医者ならどこへでも担ぎ込めばいいというのではなく、そのスポーツをよく知っていて、好きで、スポーツと身体の関わりなどスポーツ医学の知識を持っていて、常日頃からチームや選手と接触していて、選手の身体や既往歴などを知っている医者を身近に持っているようにしなければならない」、「心理カウンセラーやサイエンティフィックアドバイザーについても同様である」と書かれています。また、「何から何まで深い専門的な知識を持つことは指導者一人では不可能なので、そのようなさまざまな人たちと連携していくことが重要である」ということも述べられています。

課題を共有し、解決方法を考えてみよう!

私は、リオデジャネイロパラリンピックで4つメダルを取った木村敬一選手のコーチをしていました。そのときに、実際に目標タイムを立て、何が障壁になっているかをスタッフと共有しました。

視覚障害の選手の場合、ターンやゴールタッチの際に頭を軽くたたくタッピングが必要です。しかし、これは水泳経験者で、ターンのタイミングを計れる人でなければ務まりません。高いスキルが必要で、しかも最低2名のスタッフが必要でした。当初はゼミ生などにお願いしていましたが、現在ではかなりシステマチックになってきたようです。また、栄養管理も非常に難しい課題でした。JISSのサポートスタッフの尽力で、選手の自宅近くにある食堂と契約して朝の練習後に弁当を取りに行けるような形をつくりました。もちろん、何が足りていて、何が足りないのかのチェックもしていただいていました。合宿にもできる限り通っていただきましたが、残念ながらリオデジャネイロの事前合宿には来ていただくことはできませんでした。オリンピックの仕事があり、忙しくて来ることができないという理由でした。

木村選手は、試合の直前に体調を崩したり、試合中に発熱したりすることが何度かありました。それに対しては、別のサポートスタッフで対応し、朝の唾液摂取による測定や呼気の計測などをしながら、体調が悪くなることを予測して何らかの対応をしていくようにしました。ただ、具体的に何をすればよいのかというところまでサポートしていただくことはできず、我われも大変苦労し、最後のリオデジャネイロで木村選手は体調を崩してしまいました。

さて、ここからが本番です。皆さんには、グループディスカッションを行っていただきます。

ある程度キャリアを重ねたアスリートは、自分の運動感覚がどのように変化していくのかなどに着目するようになります。また、新しい技術を獲得するまでのプロセスで体の中の感覚がきちんと表現でき、伝えられるようになることも重要です。
たとえば、天才的な選手はそのような部分をスキップしていきますが、そうではない選手が世界のトップへ上り詰めるためには、微細な感覚調整や言語化が必要になってきます。どこをどのように改善したいかを常に探り、把握することが必要です。その段階になると、選手一人の手ではうまくいかないことが予測されます。

その際にアドバイスを担うのが、サイエンティフィックスタッフです。そのような人たちは自分の研究をしっかり継続することが重要です。これは職域に関わる問題です。また、さまざまなスポーツを見ることが必要ですし、研究領域をまたいだ人脈をつくることも重要です。きょうはいろいろな分野の方が集まっています。非常に良い機会ですので、グループに分かれて討論を進めていきましょう。

各グループには、さまざまな競技のアスリートが一人ずついるはずです。その選手が「いま何に困っていて、どのように改善したいのか」、また「ここで伸び悩んでいる、これからこのようなことが起こるだろう」ということをディスカッションによって引き出してもらい、その内容を書き留めてください。そして、引き出した研究者側の人たちがそれに対してどのような解決方法を提案できるかということを探っていただき、グループごとに発表してもらいます。

グループディスカッション

古畑海生(水泳)グループ

課題「自分の長所である下半身のキック力を伸ばすべきなのか、それとも苦手なプルの上半身を克服するべきなのか、その疑問を解決するために、まず、データを視覚化するということについて話していただきました。話し合いの中では「変化を恐れない」というキーワードも出てきました。確かに僕自身も変化を恐れている部分がありますので、思い切って考え方を変えてみるということが必要かもしれません。春からは早稲田大学に進学します。きっと新しいことばかりになると思うので、できる限りデータに基づいて、判断していくようにしたいと思います」

グループの中に水泳を専門とする研究者もいた。高校生から大学生になるこれからは、ウエイトトレーニングなどによって上半身の力が付いてくる。そこでまず、自分の長所を伸ばしつつ、自分が持っている上肢の感覚としっかり合わせていくことが重要だと考えた。その中で、自分の感覚と身体の動きのズレが出てくると思う。そのようなときは、周囲の選手や先輩たちからアドバイスを受けながら、いま抱えている恐怖心などを克服することで、さらにパフォーマンスを引き出せるのではないかと考える。


友野有理(卓球/障害者スポーツ)グループ

課題「現在のフォームでは、足が内反して、戻りや動きが遅くなるという課題を抱えています。この遅れが原因で得点される場面が少なくありません。去年の8月にパラ卓球のアジア選手権があり、世界ランキング1位の選手と対戦することができましたが、体格が良く、軸が安定しており、体幹もあり、本当に素晴らしい選手でした。その選手に近づくにはどうすればいいか、グループの皆さんと話し合いました」

本人は、疲労による足の内反を課題として捉えている。疲労によって徐々に足が内反してくることで、さらに動きが悪くなるという悪循環が起こっているのではないか。ソールを装着した状態でも疲労が大きいということなので、動作を続ける中で、疲労によって動作の協調性等の破綻により足への負担が増大しているということが考えられる。そこで、疲労時のフォームと、疲労していない状態のフォームを比較することで、動作の協調性の破綻を引き起こしている癖等を見つけ、それをもとに動作やソールの改善に取り組むことが一つの解決策ではないかと考えた。


辻沙絵(陸上/障害者スポーツ)グループ

課題「関節の動きが悪いためにストライドが大きくならず、特にレースの後半に足が流れてしまうこと。レース後半に特に腕振りが中に入ってしまい、左右にぶれてしまうこと。生まれつき腕が欠損しているので、左右の筋力バランスが悪いこと。乳酸耐性などきついトレーニングに対し、高いモチベーションで取り組むことができないこと。この4つの課題について相談しました」

辻選手の課題には、スポーツ選手の感覚的なことがたくさん含まれているので、走りの分析をできる専門家と競技に向き合っていくことの重要性を話し合った。自身は股関節の問題だと考えている課題については、それ以外のことも十分に考えられる。また、関節の使い方だけでなく、筋力や可動性とはまた違う使い方に着目してトレーニングをしている専門家とともに解決する方法もある。


髙居千紘(陸上/障害者スポーツ)グループ

課題「走り高跳びをしています。足の外側の痛みが取れないことが現在抱えている問題です。また、聴覚障害のためリズムを取りにくく、リズムをどのように取ればいいのかについてもアドバイスをいただけると嬉しいです」

抱えている問題が競技特性によるものなのか、髙居選手個人の踏み切りの問題なのか明らかではないので、足圧センサー等を用いて、まず髙居選手を含む複数の選手のデータを取る。その比較によって髙居選手の踏み切りに問題があれば、そこを改善していくことができると考えた。リズムに関しては、彼自身が良いリズムだと感じたことが1回だけあるということ。リズムは人によって違うもの。ジャンプのデータを取り続け、その中から、彼が良いリズムだと感じたときのものを使い、そのリズムを音に変換して繰り返し聞くことで身体に染み込ませることができるのではないかと考えた。


神箸渓心(スヌーカー)グループ

課題「ビリヤードのスヌーカーという競技をしています。メンタルの部分が非常に大きい種目です。リードされている状態から追いつくことは可能ですが、追いついた後にこちらがリードを広げなければならない状況では自分のテンポを乱してパフォーマンスが落ち、逆にまたリードされてしまい、そのまま負けてしまうことがあります。試合において安定した気持ちとプレーをつくっていくことが課題です」

スヌーカーの競技人生は長い。10代の今から経験を積み、あらゆる試合局面を経験することで、試合中に不安を抱えパフォーマンスが低下するという場面を乗り越えられるのではないかと考える。追いついたあたりから「集中力が切れる」と本人は表現したが、我われは勝ちが見えてきたあたりで逆に緊張が高まり過ぎているのではないかと考えた。緊張が高まり過ぎる状態を解決するために、ルーティーンをつくったり、テニス選手が行っているマインドフルネスなどのトレーニングを取り入れたら良いと考えた。


篠原輝利(自転車)グループ

課題「自転車競技は非常に長い距離を走ります。乳酸のたまり具合や抜け具合は人によって違うことが気になっていたので、それを疑問の一つとして提案しました。二つ目は、若いうちから力を付け過ぎてはいけないという情報があり、実際にはどうなのかという疑問です。三つ目は、プロテインは飲むべきなのかという疑問です。そして最後に、ペダリング技術が分かるパワーメーターを付けるべきかどうか。それらについて尋ねてみました」

インターネットなどを通じてさまざまな情報が流れており、そのような状況が彼のような悩めるアスリートを生んでいるのではないか。何ごとにおいても、これだけが正しい答えというものはない。そのような極端な考えを持たないようにすることが重要と話し合った。あまり科学的なアプローチではないが、まだ若い選手なので、いろいろなことに興味を持って、いろいろなことにチャレンジしてほしいという議論となった。


紀平梨花(フィギュアスケート)グループ

課題「昨シーズンは、精神的な問題や筋肉の状態によって、試合の結果もいろいろ変わりました。その原因についてわからないことがあり、そうした点を話し合いました。昨シーズンの経験で、緊張は良いものなのか悪いものなのか、筋肉はオフの2日後に状態が良くなるなど、自分でも分かってきたことがたくさんあります。まだ日によって調子や筋肉の状態が変わるので、試合での調整方法をもっと知りたいと思い、それを疑問として挙げました」

紀平選手自身によっていくつかの解決策が出ており、現在はその試行錯誤を始めている段階。日によって体調のバラつきがあるということだが、昨シーズンはそれも少なくなり、体調が悪い中でも、その状態でのベストを披露することができるようになったという。研究者として科学的な薬を出すことはできないが、我われの専門である生理教育学、運動制御などの他にも、栄養、コンディショニングなどの分野があること、そしてピリオダイゼーションといった言葉なども紹介した。大きな視点では、我われが提供できる情報はなかったが、いろいろなことにトライし、その中から取捨選択して、次の北京に向けて成長してほしいとアドバイスした。


上村勇貴(陸上/障害者スポーツ)グループ

課題「知的障害者を理解しつつ、陸上の指導ができるという適任の指導者が見つかりません。指導者になりたいと言ってくださる方はいますが、健常者のようにはいかないことがわかると諦めてしまいます。しかし、指導者が欲しいという切実な願望を持っています」

指導者のいない現在でもパフォーマンスは順調に伸びているが、世界のトップレベルがどう変化していくかを考えたとき、やはり専門的な指導者が必要という結論となった。現在指導しているのは上村選手のお母さま。トレーニングに対するさまざまな知識を持つ私たちがお母さまにその知識を与え、チームとして関わっていく方法を提案した。


松下朝香(サッカー審判)グループ

課題「日本人は90分間走り続けるという能力は高いものの、短距離のスプリント力では、海外の審判員のほうが圧倒的に勝っています。私にとって、それをどのように解決するかが課題です。また、海外の大会に参加したときには、中2日で審判をすることがあります。徐々に疲労が蓄積する状況で自分のコンディションをどのように管理すればよいか、そうしたことを相談しました」

審判は1試合90分間で13〜15キロ走るということが分かった。ボールを蹴るという動作はないものの、選手を上回る体力と状況を判断するスキルが必要。どのような競技にも、ハイパフォーマンスを支えるスポーツ科学の知見を選手に与える機会が存在する。アスリートと同じように審判にもその機会をつくり、いろいろな最新の知見を学ぶような仕組みができるのではないか。スプリント力については、戦術を学び、状況判断力を高めることでカバーできるのではないかと考えた。


石本美来(ボウリング)グループ

課題「ボウリングはメンタルスポーツと呼ばれ、相手と点数を競う競技ではありますが、自分がどれだけ多くのピンを倒せるかという自分との戦いでもあります。以前、世界選手権に出場しましたが、そのときにかつて経験がないほど崩れてしまい、気持ちのコントロールや切り替えがまったくできないまま、試合を終えてしまったという失敗があります。それで、極度の緊張のもとでも気持ちをコントロールする方法を課題として教えていただきました」

大きな解決策としては、緊張したときに脳のどの場所が反応するのかを探し、それを和らげるような方法を見つける研究ができるかもしれない。また首などをモニタリングすれば、自分がどの程度緊張しているのかわかる。また汗など、自分の緊張が脳に伝わる前に身体的に現れている反応をモニターし、どのような方法を取ればそれが変わるのかを試合の前の練習の段階で試す。そして、実際の試合で効果があるか判断をする。それを繰り返すことで、パニックになることを恐れてパニックになることや、パニックになることを心配するためにパニックに陥ることなどは防げると考える。


ファシリテーター

野口 智博氏
プロフィール

野口 智博(のぐち ともひろ)
日本大学文理学部 教授
当財団スポーツチャレンジ賞 第9回奨励賞受賞

1966年島根県松江市生まれ。体育科学修士(日本体育大大学院修了)。日本体育協会上級水泳コーチ。全米ストレングス&コンディショニング協会(NSCA)-CPT。専門分野は水泳コーチング・トレーニング科学。2000年シドニーから2008年北京まで、JC(ジャパン・コンソーシアム)解説者としてメディア出演。2003年から2010年まで、日本大学水泳部総合コーチとして、6名のオリンピアン(うち3名がメダリスト)育成や科学サポートに携わった。2016年リオではパラリンピックの日本選手団村外スタッフとして参加。その後も木村敬一、富田宇宙(両者共視覚障がい)、村上舜也(知的障がい)を日本代表選手に育成し、現在は本務の傍ら、専門誌・通信紙上のトップスイマーの技術解説や、競泳日本選手権におけるレース分析サポート、村上選手の担当コーチとして現場指導を行っている。


  • ※2018年2月28日現在
  • ※敬称略