スポーツチャレンジ賞

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YMFS SPORTS CHALLENGE AWARD SPECIAL CONTENTS

今村大成

今年度のヤマハ発動機スポーツ振興財団功労賞は、「デュッセルドルフの父」として数多くの日本人若手卓球選手を縁の下で支え続けた今村大成氏が受賞した。

2001年、低迷する日本卓球界は改革のための一つの大きな決断を下す。それは中学生年代の選手を毎年数人ずつドイツに派遣し、現地でのトレーニングを長期にわたって積ませるというものだった。

その子どもたちの面倒をドイツで引き受けたのが、当時タマス・ヨーロッパの現地社員として働いていた今村さんだった。

「断るなんてことは考えませんでしたけど、そもそもいきなりそんな話が来て、断るかどうかを考える時間すらありませんでしたから」
今村さんはその頃のことを思い出して静かに笑うが、実際のところはかなりびっくりもしたらしい。

そりゃあそうだろう。なんの社会経験もない日本の中学生がいきなりドイツにやって来て、卓球に明け暮れる日々をスタートするわけである。しかもそれまでほとんど卓球しかやってこなかったような子どもばかりである。勉強、食事、放ったらかしにしておくわけにはいかない。今村さんは誰に頼まれたわけでもないが、家庭教師を手配し、栄養士を探してきたりもした。

日常生活だけではない。今村さんはそれぞれの選手の実力にあったチーム探しも手伝った。今村さんの世話になった一人、プロ卓球選手の岸川聖也選手は「もしあの時今村さんがいなければ、そのあとの道もできなかった」と言い切るほどだ。

それから17年、日本卓球界が勇気を持ってドイツに蒔き、たくさんの関係者が大事に育てた種は想像以上に大きく育ち、いよいよ収穫の時が近づいている。
2017年9月現在の卓球世界ランキングをざっと見渡しても、男子は10位以内に2人、女子は3人が名を連ね、そのすぐ下にもニューカマー、金の卵たちが名を連ねている。3年後に迫った東京オリンピック、卓球競技は間違いなく日本中を沸かせるであろう注目競技の一つだ。

オリンピックでの日本チームの活躍に期待していますか?地下鉄丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅からすぐ近くにあるタマス本社(今村さんの勤める会社だ)で話を伺った時、インタビューの最後の質問に、今村さんはこう答えた。

自分は日本だけが強くなってほしいわけではない。例えばアフリカにだって、こいつが本気でやったらどれだけ強くなるんだろうと思わせられる才能はいくらでもいる。世界の色々な地域で卓球が盛んになること、まずそれを何よりも願っているのだ、と。

しかし同時に、そのインタビューから2ヶ月後、松下浩二氏との対談で話題がオリンピックのことになった時、今村さんはこうも言った。

「もう随分ドイツでの生活は長いですが、オリンピックや世界選手権で応援してしまうのは、日本ですね。ということは、どんなに長くドイツに住んでいても、やっぱり私の母国は日本ってことなのでしょうね」

東京でのオリンピック、もし日本卓球界が大成功を収めたとしたら、まず真っ先に僕が思い浮かべるのは、嬉しそうに笑う今村さんの姿になりそうだ。

写真・文

近藤篤

ATSUSHI KONDO

1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。



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