スポーツチャレンジ賞

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狩野美雪

今回の奨励賞を受賞したのは、デフバレーの日本代表女子チーム監督、狩野美雪さんだった。ヤマハ発動機スポーツ振興財団が10年前に始めたこの表彰の歴史で、女性が受賞したのは実は今回が初めてになる。なんだか財団も一歩前に進んだ感じがする。

彼女の率いるチームの次期候補選手選考合宿を見学させてもらったのは、5月上旬、ちょうど連休中の1日だった。狩野さんのお話を伺ったのは、4月半ばに催された授賞式の前日だったのだが、その時にこの合宿の話を伺って無理に取材を申し込んだ。

当日は羽田から飛行機に乗り、1時間ほど飛んで神戸空港で降りた。練習会場は神戸市ポートアイランドにあるニチイ学館の体育館。空港からモノレールに乗って一駅目、で降りる。京コンピュータ前という奇妙な名前の駅の改札を出て東の方向へ数分歩くと、その建物は見えてきた。連休中のポートアイランドは、まるで映画のセットか何かのように無人で、どこか違う近未来の街に紛れ込んでしまったような気分にさせられる。

合宿初日の練習は、午後1時から始まった。この日から2日続く合宿は、次の日本代表になれそうな選手の発掘、それが主たる目的だと聞かされていた。

まず最初、監督の狩野美雪氏の自己紹介があり、次にスタッフの紹介、そして最後に選手たちの自己紹介が、手話というコミュニケーション手段を介して行われる。

僕自身、デフバレーの取材は初めてである。もっとも、デフバレーの取材をしたことがある、というカメラマン自体、僕の周りには一人もいない。

なんだか静かだな、月並みだけれどそれが一番最初に感じたことだった。ボールが体育館の床にぶつかる音、選手たちの履いたバレーボールシューズが軋む音以外に、ほとんど音はない。当たり前だけど。

トレーニングはプロのトレーナーによるウォーミングアップからスタートし、そのあとに狩野監督の指示でバレーボールを使った練習が始まった。彼女はスーツ姿で臨んだ表彰式の時と雰囲気がまるで違っていた。トレーニングウエアに身を包んだ彼女は、とても居心地良さそうに体育館の中を動き回っていた。選手よりもむしろ彼女の方がウォーミングアップからバレーボールの練習を満喫している感じだった。バレーボールがすっかり体の中に染み込んでいる、そんな印象だった。

選手たちは与えられた練習メニューを一つ一つこなしてゆくが、お世辞にもものすごく上手とは言えない。僕は表彰式の前日に彼女から、あるいは彼女とゼッターランド氏との対談で再度聞いたセリフを思い出す。

とにかく、デフバレーって分母が圧倒的に少ないんです。

元々の選手数が少ないのに加え、あえてデフの世界ではなく健常者の中に身を置いてプレーする人も大勢いる。あるいは、一度タイトルを取ってしまえば、それでもうおしまい、とバレーボールから引退する選手も少なくない。

絶滅危惧種、彼女は冗談交じりにそう表現した。デフの代表にもニックネームを、と頼まれた時、彼女は半分冗談で「トキ・ジャパン」がいいんじゃないの、と提案したそうだ。もちろんその提案は却下されたけれど。

この日集まった選手の数は9名、スタッフの数は監督を含めて7名、連休中にも関わらず、あるいは連休中だからなのか、日本代表候補を探すにはあまりにも寂しい数だった。

でも、こんなことにはもうすっかり慣れているんだろう。狩野監督はそれぞれの選手をじっと観察しながら、時々トスやレシーブについて若干のアドバイスを与える。しかし選手たちが彼女の求めるレベルを全く満たしていないことは、その表情を見ていればわかる。バレーボールを始めた時、必ず教わることすら教わっていない子が多いんです、インタビュー時に彼女が口にしたセリフを思い出す。

しかし彼女は決してあきらめない。根気よく、丹念に教え続けることで、日本のデフバレーの裾野を少しでも広げ、この国のデフバレーを次のステージへと導こうとしている。絶滅危惧種を根気よく面倒を見て、その数を少しずつ増やしてゆく女性指導者。

設立から12年目のヤマハ発動機スポーツ振興財団は、正しい人を選んだと思う。

写真・文

近藤篤

ATSUSHI KONDO

1963年1月31日愛媛県今治市生まれ。上智大学外国語学部スペイン語科卒業。大学卒業後南米に渡りサッカーを中心としたスポーツ写真を撮り始める。現在、Numberなど主にスポーツ誌で活躍。写真だけでなく、独特の視点と軽妙な文体によるエッセイ、コラムにも定評がある。スポーツだけでなく芸術・文化全般に造詣が深い。著書に、フォトブック『ボールピープル』(文藝春秋)、フォトブック『木曜日のボール』、写真集『ボールの周辺』、新書『サッカーという名の神様』(いずれもNHK出版)がある。



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