スポーツチャレンジ賞

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YMFS SPORTS CHALLENGE PRIZE SPECIAL CONTENTS

MIYUKI KANO × YOKO ZETTERLUND
狩野美雪×ヨーコ・ゼッターランド

ゼッターランド今日はよろしくお願いします。

狩野こちらこそよろしくお願いします。

ゼッターランドこの度の受賞、おめでとうございます。私はこの賞の審査委員をやっている関係で、デフバレーも候補の一つとして上がってきていたのは知っていました。今回の受賞は女性として初めてだそうですけれど、私は、選手たちをいい方向へ導いていってくれる指導者がバレーボール界から出てきた、というのが嬉しかったんです。しかもデフバレーというまだなかなかサポートを受けにくい組織で、世界一になったってお話は本当に嬉しかった。

狩野ありがとうございます。

ゼッターランドきっかけは前任者が急に亡くなられたというものだったとしても、これまで女子バレーではなかなか指導者までたどり着く方がいなかった中、こうして何年もかけて道を作って来られたというのも、高く評されるべきことだと思っているんですよ。

狩野私で本当にいいのかな?って今でも思っていますけれども、この受賞が少しでもデフバレーへの関心を高めてくれるものになることを祈っています。

ゼッターランド選手として、二人の現役時代の接点って何かありますかね?現役時代はたぶん対戦したこともないですよね。

狩野同じ頃にユニフォームは着ていたのですが、実際に対戦させていただいたことはないです。もちろんテレビ等でヨーコさんの活躍はいつも見させていただいていましたけれど。その頃からヨーコさんは雲の上のさらに上、の存在でした。バルセロナとアトランタの時にアメリカ代表チームに入って活躍されていた頃も、テレビでよく拝見していました。

ゼッターランドまだテレビのゴールデンタイムで日米対抗とかやっていましたよねえ!まあでも、テレビなんか見ている時間はあまりなかったのかな、だって狩野さんは名門八王子実践だったものね。

狩野はい!まあ色々と大変な時期ではありました、笑。

ゼッターランド私も同じ東京都の中村高校という強豪校でやっていましたから、そのレベルでのトレーニング、部活の厳しさはわかります。

狩野私の場合は、地味なところを歩んで来たタイプなので、自分が高いところでやれる、やりたい、と意識したことがなかったんです。あまり遠くを見たことがなく、目の前のことをただ懸命にこなす、そうやってバレーに接してきたら、意外と前に進んでいたのかなというのが実感です。Vリーグですら、上位に行くということを意識するようになったのは、20代の後半にさしかかって久光に移籍してからです。それまではバレーボールの世界で視野を広く持てていなかったですね。選手としてオリンピックに出場し、さらにデフバレーの監督になってから、少しずつ、少しずつ、世界と戦う、という意識を持ち始めましたね。

<次のページへ続く>



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