第14回 YMFSスポーツ・チャレンジャーズ・ミーティング

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特別講演

講演テーマ自ら考え、課題を解決し、成長しよう。

河合レオ 氏

(公財)日本ラグビーフットボール協会普及育成委員会コーチング部門 部門長/(一社)ラグビーパークジャパン代表理事/日本ラグビー協会公認S級コーチ/Word Rugbyコーチングコーストレーナー(講師養成者)

特別講演[自ら考え、課題を解決し、成長しよう。]河合レオ氏

日本ラグビーが体験した「自ら考える」ことの成果

本日のテーマは、『自ら考え、課題を解決し、成長しよう』です。

ここ数年、日本のラグビーは世界で非常に高い競技成績を残せるようになりました。メディアの方々にはハードトレーニングに注目していただいています。もちろん、それも結果を残した要因ではありますが、実際にはそれだけではなく、本日の演題にもあるように、選手自身が自ら考えて成長するというマインドが育ったことも躍進の大きな要因ですので、日本ラグビーがどのような取り組みをしたのかを説明しながら、皆さんの成長のヒントになるお話ができればと思っています。

早速ですが皆さんの声を聞きたいので、少し質問をさせてもらいます。突然で驚かれるかもしれませんが、堀島行真さんに質問です。普段、自分を成長させるために、意識して取り組んでいることがあればご紹介ください。

堀島私はモーグル競技をしているのですが、チームとしてのモーグル競技はまだまだと感じるところがあります。自分がしっかりしていなければ、競技成績やチームのサポートのみでは、世界で戦っていけないと感じています。私が経験してきた中でより良いほうに進んでいけるように、いつも考えながら行動しています。

ありがとうございます。モーグル競技というのは、もちろんチームとして動くときもあれば、個人で結果を残すために取り組まれることも多いと思うのですが、自分を成長させるために、日頃から目標を立てて、それを計画するというところも意識されていますか?

堀島はい。毎年の振り返りから、次にするべきことや、来年はどのような姿になっていたいかをイメージして、それに到達したのか、していないのかということを確認しています。

素晴らしいです。自分で目標を立てて振り返り、またアクションプランを考えてという習慣は、何歳ぐらいから意識して取り組んでいるのですか?

堀島私にはとても影響を受けた選手がいます。私がナショナルチームに入ったとき、エースとして頑張っていた選手です。その先輩の考え方や、成長のプロセスを隣で見て感じながら、成長してきたと感じています。

素晴らしい出会いですね。ありがとうございます。次に木下凜さん、よろしいですか? 普段から成長のために意識していることはありますか?

木下私は中1からスケルトン競技を始めたのですが、世界を目標としたのは高1です。マイルストーンを立てて、短期目標と長期目標に分けて更新を重ねています。高1から始めた習慣ですが、その年に全日本で優勝したので目標が大きく変わり、世界を目指せるようになっていきました。きっかけは強化合宿の目標設定ワークの受講でした。

ありがとうございました。お二人が自身のことをしっかり分析しているのが伝わってきました。

それでは本題です。まずは日本ラグビーフットボール協会(JRFU)の活動事例を紹介します。日本のラグビーは、2019年のワールドカップでベスト16という結果を残しました。ただ、昔から強かったかというとそうではありません。

第1回から第7回大会まで1勝2分け21敗。私もこの時代の日本代表ですが、世界で勝った記憶はあまりありません。それが2015年から急激に強くなります。ワールドカップのトータル9試合で、7勝2敗という結果を残すことができました。2011年から2015年にどのような変化が起こったのか。ここが本日、皆さんにお伝えしたい大きなテーマです。

変化のきっかけはシンプルです。2011年にエディー・ジョーンズさんという世界的に優秀な指導者が監督になりました。エディーさんは日本人選手の課題を指摘しました。「試合中に選手だけで判断ができない」「コーチの指示がないとトレーニングできない」と。これを改善するためにいろいろなことが動き始めました。

特別講演[自ら考え、課題を解決し、成長しよう。]河合レオ氏

この指摘を受けてJRFUは、まず選手の育成方針を作成しました。そのフレーズが本日のテーマである「自ら考え、課題を解決し、成長するプレーヤーを育成しよう」です。このフレーズを作り、強化プログラムを実施しました。対象は社会人1〜2年目から大学生ぐらいです。まずはチームトークを行いました。練習の合間に選手を集めて、選手同士で話をする機会を作ったりしました。そして、選手に対戦相手を分析させるのです。それからPDCAサイクル。Plan(計画)して、Do(実行)して、Check(評価)して、Action(改善策を実行)するというサイクルをプレーヤー自身が個人で回していこうと求めました。また、先ほどの木下さんも成長計画やマイルストーンを実践しているということでしたが、JRFUも成長計画を作らせるようにしました。

そしてセルウォーミングアップアップです。個人競技の方は当たり前のように、自分でウォーミングアップに取り組んでいると思いますが、ラグビーのような集団スポーツでは、それもチームで行います。そのようなところから意識を改革するという意味で、セルフウォーミングアップを行いました。そしてセルフケア。自分の身体をメンテナンスするよう意識を高めました。

続いて指導者養成です。現在、JRFUの指導者養成では、4つのアプローチで指導者の方を指導してくださいとお願いしています。まず一つが「指示をする」。これは日本の指導者の中では一般的なやり方です。とにかく指導者の方がこうしなさい、ああしなさいと、一方的に伝えるやり方です。

もう一つは「売り込む」。大学生年代の選手は、高校時代のやり方が正解と思って大学に入ってきます。そのようなときに、コーチとして一つの方向にチームをまとめていきたいときに使う手法です。頭ごなしに指示をすると、コーチとプレーヤーの関係性も良くなくなってしまうので、セールスマンのように皆の考え方も素晴らしい。しかし、チームとしてはこのやり方が良いと思う、という形で自分のやり方を売り込む手法です。

そして「問いかける」。これはとにかく質問して、答えに導くアプローチです。あとは「委ねる」。これはゴールを最初に提示して、あとはやってごらんなさいという手法です。もしコーチが特に何も言わずに課題がクリアできるのであれば、また難しい課題を与えながら進めていきます。委ねた場合に答えが出ないときは、まず問い掛けを用いて、答えを導けるようにヒントを出して、それでも駄目であれば指示をする。そのようなやり方で使う手法です。

JRFUでは、自ら考えるというテーマを、代表強化プログラムと指導者養成の中で実践してきました。これが成果として現れたのが第8回ワールドカップの南アフリカとの試合です。南アフリカは過去2回優勝していて世界ランキングは2位。日本は14位。なおかつワールドカップでは1勝しかしたことがありませんでした。ラグビーを知っている人であれば、世界中の誰もが日本が勝つことを予想していない試合でした。

試合時間は残り90秒。32対29です。日本がリードされている状況で、相手が反則をしてくれました。ゴール前です。日本代表の選択肢としては、3点で引き分けという選択にするか、トライを狙って5点で逆転するか。この選択をプレーヤーたちは迫られました。

引き分けでも世界から称賛される結果ですから、エディーさんはキックの指示を出しました。ただ、選手たちは相手がパニックになっていると気付きました。彼らは疲れているし、格下の日本代表と僅差になっている状況に驚き、動揺していたのです。それをグラウンドにいる選手たちが感じ取り、トライを取るという選択をして挑戦したわけです。その結果、トライを取って逆転し、ワールドカップ史上最大の番狂わせを果たしました。このような試合を日本代表の選手たちは演じたのです。

私たちが再認識したのは、ハードワークだけでなく、考える力というものがあることによって、競技成績は高まっていくのです。それを実体験として感じた試合でもありました。以上、日本ラグビーの事例や取り組みを紹介させていただきました。

考えることを習慣化させ、成果につなげる

ここからは皆さんにワークをしていただきます。

自分で考えるというのは抽象的で、経験してみなければ、実際にそれができるか、できないか分かりません。まずテーマは「あなたがアスリートとして大切にしていること」。研究者の方であれば、「あなたが研究者として大切にしていること」。これを漢字一文字で表現してください。このワークはJRFUでもよく行うのですが、長い文章を書こうとすると、なかなか答えがまとまりません。漢字一文字にすれば自分の頭が整理されるので、ぜひ挑戦してみてください。

それでは地頭所光さん、漢字を皆さんに見せてください。

地頭所「和」と書きました。私は自動車レースの選手です。レースは個人競技というイメージがあるかもしれませんが、道具を使う競技でもあります。その道具が自動車です。自動車の状態を完璧にするために、支援をしてくれるたくさんの方が必要です。たとえば、車を良い状態にしてくれるエンジニアやメカニックがいます。その人たちを味方に付けなければならない競技です。そのためにも普段から感謝を忘れず、「和」を大事にしています。コミュニケーションを取り、うまくやっていく。それが一番大事なことだと思っています。

ありがとうございました。研究者から佐藤冬香さんお願いします。

佐藤私は「実」です。研究テーマを決めるときは、自分の体験から生じている問題や、実際にメンバーに生じている課題から、テーマを選ばなければいけません。その研究内容も実践の現場に生かせるようにしていきたいと思っているので、この漢字を選びました。特に私の分野は教育ですので、現場あってこそ。ですからここを大事にしています。

特別講演[自ら考え、課題を解決し、成長しよう。]河合レオ氏

ありがとうございました。研究者の方も自分の哲学が整理されると、研究の仕方もいろいろと違ってくると思います。現場を大事にするとなれば、それを自分で意識するようになるでしょう。
それではもう1問、行きたいと思います。次は「自分が大切にしている人生のモットー」を漢字一文字で表してみてください。
それでは、山本草太さんお願いします。

山本「幸」という字を書きました。私はフィギュアスケートをしています。今シーズンはコロナ禍の中で、試合が開催されるのもどうかという状況にありながらも、何試合か出場できました。そのような試合を重ねて、この漢字が浮かびました。競技以外でもそうですが、今シーズンはとても幸せを感じることができました。

ありがとうございます。それではもう一人、研究者の吉原利典さんお願いします。

吉原「思」です。常に誰かのことを思いながら、他人を思いやりながら、それを第一にしていければと考えています。自分だけのために何かをするのは限界があるので、人のために何かをしようという意識で常に生きています。今は家族のためにと考えているので、それを糧に頑張っていきたいと思っています。

ありがとうございます。素晴らしい漢字だと思います。アスリートや若い方は、自分が競技成績を残すというところにフォーカスしがちですが、最終的にはご自身が頑張ることで、第3者、世界の人たちを幸せにできます。そのように大きな目的を持って取り組むと、努力も苦ではなくなってきたりしますから、その意味では世の中のことを思いながら活動されているのは素晴らしいと思います。

そろそろ時間ですので、まとめに入ります。もしこの中のアスリートに、コーチから言われたことだけで自分の活動を成り立たせている方がいれば、本日のことを時々思い出してください。コーチの指示がなくても、自分で自分のことを考えながら、自分を成長させることにチャレンジしていただければと思います。

これからはプレーヤーセンタードの指導に

本日は簡単なワークを行いましたが、自分で考える機会は日常の中にたくさん転がっています。日頃からそれを習慣化されることが、最終的に競技成績につながります。時々ではなくルーティンとして自分を考えて、自分の中の手段を得ることはとても大事です。インターネットで検索すればいくらでも出てきますから、自分がしやすい方法で、自分を成長させる、自分で考えることへの挑戦に取り組んでいただければと思っています。

それでは質疑応答の時間を設けさせていただきたいと思います。島孟留さん。

私は大学で柔道部の監督をしていて、お話にあったとおり、今の学生は自分で考える力がかなり乏しいと感じます。自分で考える力を養うのに効果的なトレーニングというものに興味が湧いたのですが、その点はいかがですか?

選手だけでなく、指導者にも自分で考えることが苦手な方がいます。おそらくこれは、日本の社会構造として、常に上意下達で何かを教わるというのが染み付いているからです。指導者もそうなっていますし、指導者がそれをプレーヤーに教えてしまうという、負のスパイラルが回っています。それを改善したくて私たちは指導者養成に取り組んでいます。

指導者講習会では、PDCAを回すように言っています。とにかくやりっぱなしでなく、計画して、自分で行い、チェックして、アクションする。同じミスを繰り返さないようにするのです。もし毎日行うのが大変であれば、1か月単位でも構いませんから、そのような取り組みをされるとよろしいのではないかと思います。
田中貴大さん、お願いします。

田中立命館大学の田中です。私は2年ほど前まで小学生から高校生までの水泳選手の指導していました。ただ、この年代では、ある程度、こちらが指示をしてあげなければ、少ししんどいところもあります。自分で考えさせたいけれども、考えさせるところと指示をするところのさじ加減をどうすれば良いのだろうと思いながら聞いていました。

JRFUが行った4つのアプローチ(Tell, Sell, Ask, Delegate)をお伝えしましたが、私たちも指示をすることが絶対に駄目だというメッセージは出していません。ラグビーには安全もありますし、初心者の指導については指示をしなければ成長できないので、そこは指示をするというアプローチを大事にしてくださいとお話ししています。

ラグビーで最初の段階は指示をします。ただ、たとえば端的な要素を含んだウォーミングアップであれば、あまり指導者が言わなくても、選手たちに考えさせる機会をつくることができます。指示を出すところ、委ねるところ、質問してあげるところをうまく使い分けながら取り組んでいます。たとえばゲームライクなシチュエーションであれば、ある程度は委ねてあげるように、使い分けが必要かと思います。
それでは、名草慧さん。

名草ハンググライダー日本代表の名草です。ハンググライダーは業界としては小さいので、自分が選手であると同時に、後輩の指導も行っています。ハンググライダーは一度飛び出すと、すぐ近くで具体的な指示を出すことが難しいので、自分で考えることが重要です。尋ねることが、考えさせるためには重要というお話でしたが、その具体的な尋ね方として、気を付けている点を教えてください。

具体的に言いますと、何かを指導するためにフィードバックを選手に与えるときです。プッシュのフィードバックとプルのフィードバックの大きく2つに分けています。プッシュのフィードバックというのは、こちらから指示を出します。良いところを2つ言って、改善点を2つ言って、次は何をしてくださいと言うのが、プッシュのフィードバックです。

自分で考える選手を育てるにはプルです。選手の考えを引き出すようなフィードバックを私たちは使います。その場合はいきなり何かを言わず、本日の練習はどうでしたか? 良いところを2つ言ってみてくださいと言います。そして次に練習のときに改善するところを言ってみてください。それでは次はどのようなところを意識して取り組みますか? このように選手から引き出すような感じでコミュニケーションを成り立たせると、選手は常に考えなくてはいけなくなります。それを習慣化させることがとても大事です。
それでは最後に植田俊さん。

植田川合さんの取り組みが評価されたり、注目を集めたりする背景には、主体的に動けない環境が、日本のさまざまな領域に広がっているからこそではないかと思いました。いろいろな対症療法ももちろん大事だと思いますが、なぜ日本という社会においては、主体的に動くことができない状態の選手、スタッフ、監督が多いという歴史が積み重ねられてきたのか。これをどのように考えているのか、ぜひ聞かせください。

日本の中にスポーツというものが、隊という役割で導入された歴史が始まりだと思っています。今までのコーチのスタイルはコーチセンタードです。コーチが中心にいて、絶対的な権力を行使する支配者のような形で指示を出します。それが良い指導者だという価値観がずっとあったので、必然的にプレーヤーが考えることができない状況になったのだろうと思います。

今後の指導者はプレーヤーセンタードです。プレーヤーを中心として、常にプレーヤーに質問したり、プレーヤーのニーズを把握したり、混乱を恐れず、カオスを恐れず、プレーヤーに委ねなければいけません。以前の私たちが行ってきたやり方が明示的だとすれば、これからは暗示的なやり方をするコーチが求められます。これに気付けたのは、日本のスポーツが世界で戦うようになったからです。このままのやり方では勝てないということで、プレーヤーセンタードが広まってきているのではないかと思います。

なぜ日本のスポーツにコーチセンタードが広まったのかと言えば、国内ではそれで結果が残せてしまったので、反省をする機会が奪われてしまったからだと考えています。今はどの種目も、世界を目指すのであれば、それでは勝てないと気付いています。ただ、今後は良い意味で変わっていくのではないかというふうに、個人的には期待をしています。

時間になったようです。本日はお付き合いいただき、ありがとうございました。私自身もラグビー以外の種目の方とお話しする機会がないのですが、これを機会に皆さんのことを引き続き応援させていただきたいと思っています。本日はありがとうございました。