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コーチングスキルの体系化を目指す。


榮樂 洋光

氏名 榮樂 洋光
競技名 セーリング/選手・指導者

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コーチングスキルの体系化を目指す。
~セーリング競技シングルハンダーにおけるコーチングのレベルアップを目指した取り組み~

法政大学を卒業したあと、榮樂さんは高校時代を過ごした地元・佐賀県のヨットハーバーに勤務した。

「ハーバーに勤務しながら、大学時代から乗り続けてきた470級(2人乗りのオリンピック種目)で選手として活動を続けるつもりだったんです。ただ、2人乗り種目ということもあって、環境を作ることができなかった。まあ、選手としては、自分に見切りを付けたということですね(笑)」

榮樂さんにとって、ヨットハーバーで過ごした2年間は、選手活動への思いを断ち切る2年間であったと同時に、コーチングという新たな目標と出会う2年間でもあった。

「ハーバーで練習する高校生の面倒を見ているうちに、スポーツ指導の難しさというものを痛感したんです。技術を伝えるだけではだめなんだ、ということを思い知らされて……」

榮樂さんの心を掴んだものは、コーチングの面白さというものではなく、その難しさと奥深さだった。

「もともと、高校を卒業したときに体育学部への進学も考えていたので、興味のある分野ではあったんです」

2年間お世話になったハーバーを離れ、榮樂さんは、高校卒業時のもう一つの選択肢だった鹿屋体育大学の大学院へ進学した。2年間の修士課程で取り組んだテーマは「セーリング競技における競技パフォーマンスの構造化」。

「一言で言えば、セーリングという競技に必要とされる技術のマッピングのようなものです。例えば、自然・人間・技術と大きく分けたとすると、自然には気象解析などが入って、人間にはメンタルコントロール、技術にはセールトリムなどが入ってくるという具合です」

海という大自然を舞台に行われるセーリング競技の場合、選手に要求される知識体系があまりにも多岐にわたるため、それらを系統立てて分類した有効な体系が存在しない。榮樂さんは、今後取り組んでいく分野の道標を探るべく、自らその体系を練り上げた。

いま、3年間の博士課程で取り組んでいるのは、ヨットをコントロールする上で重要なボートハンドリングという技術を向上させるための具体的なトレーニング方法について。

「修士課程の指導教官から、修士論文のなかでここ(ボートハンドリングの章)の内容が薄いという指摘があったので、これをテーマにしたんですが……」

コーチとしての実績のない榮樂さんは、今のところ自らの身体を実験材料にして研究に取り組んでいる。つまり、自らが選手として世界選手権などに参加し、自らのトレーニング方法を試行錯誤しているのであるが、ここで一つの壁にぶつかっている。

「世界選手権などで、世界のトップレベルの選手の走りを徹底的に見ることで、様々なヒントを得ていくわけですが、自分より上のレベルの選手を見たときに『巧い』ということはわかるんですが、その巧さを人に伝えるときにどう言語化すべきなのか、どういうアドバイスとして伝えるべきなのかがわからなくなるときがあるんです。フリー(風下への帆走)はなんとかわかるんですが、どういうわけかクローズ(風上への帆走)での技術が、いくら見ても見えてこないことがある。自分がそのレベルに達していないから見えてこないんでしょうけど……」

とはいえ、世に名だたる名コーチが、必ずしもトップ・アスリートだったわけではない。自分が達し得なかったレベルの技術を、いかに解析し、言語化して選手に伝えるのか。コーチングの神髄に、榮樂さんは今まさに触れようとしている。

しかし、このコーチングの実験が成功したとすると、実験台になっている『選手・榮樂洋光』はトップ・アスリートに育っていることになる。彼が、再びオリンピックという頂点を目指して歩き始めることはないのだろうか?

「それはありませんね。今ぼくが取り組んでいるレーザー・ラジアル級というクラスは、オリンピックには女子種目しかありません。男子が参加できるフルリグ(セール面積が大きい)のレーザー級は、ぼくの身長(163cm)では物理的に無理ですから(笑)」

榮樂さんの目指しているのは、自らが選手として成功することでは、もちろんない。さらには、自らが名コーチになることですらなく、誰もが有効なコーチングをできるような共有財産としての知的体系の確立である。

この取材を行った秋田わかすぎ国体でも、成年男子シングルハンダー級に鹿児島県代表で出場し、並み居る五輪候補選手を破って優勝するほどの実力を持ちながら、全く日の当たらない縁の下の力持ちとして生きていく道を選んだ榮樂さん。その表情に迷いはない。