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世界の強豪のもとでステップアップを!


椿 浩平

氏名 椿 浩平
競技名 トライアスロン/選手

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世界の強豪のもとでステップアップを!
〜「強い選手に揉まれたい」海外出稽古への決意〜

誰よりも実戦を重ねた2012シーズン

「今シーズンを振り返ると、満足できたレースは一つもありませんでした。オリンピックをめざすというのはどういうことなのか、それを痛感したシーズンでもありました。自分ではぎりぎりまで追い込んでトレーニングを積んできたつもりでいましたが、それでもまだまだ甘かった。そこに気づき、理解したシーズンだったと総括できるかもしれません」

オリンピックへの第一ステップとして、まずは「世界ランキング100位以内」を目標に置いた椿浩平選手。2012年シーズンはできる限り実戦を積みながらポイントを稼ぐことをテーマに、「おそらく日本人で一番たくさんのレースを経験した」というほど多数の大会にエントリーしました。主なレースだけでも、春先に開かれたアジア選手権(千葉・館山)を皮切りに、ITUワールドトライアスロンのストックホルム大会、横浜大会、オークランド大会、そして日本選手権(東京)などを転戦しながら、U-23日本選手権では優勝も飾り若手選手の中での存在感を見せつけました。特に夏から秋にかけては毎週のように国内外の大会に出場し、その結果、世界ランキングはわずか3か月の間に70ほど上げて156位(9月末時点)まで上昇しました。

椿選手が将来を期待されるようになったのは、高校2年時に出場した2度目の日本選手権でのこと。「ひと言で言うなら巡り合わせが良かったのだと思います。スイム(1.5Km)とバイク(40Km)を終え、ラン(10Km)に入るまでなんとか先頭集団入っていられる理想的な展開でしたから」という椿選手は、得意のランでも上位に喰らいつき7位でフィニッシュ。「まだ高校生でしたし、ここから毎年上積みを作っていけばロンドンオリンピックには代表に選ばれているだろうなんて、そんなふうに計算していましたね」と振り返る椿選手は「他の選手より若いんだからノビシロがある、だからコーチの言うとおりにやっていれば自然に強くなる、あの頃はそんな甘い考えがありました。でも、そうはいかなかった」と続けます。

リオオリンピック出場への新たな出発

椿選手が重点ポイントとして取り組んできたスイム技術の改善については、今シーズン、自信をつかむと同時に新たな課題を発見するできごとがありました。世界の強豪との真剣勝負の舞台であったワールドトライアスロンのストックホルム大会で、ロンドンオリンピックの銀メダリストからわずか2秒遅れでスイムを上がるという好タイムを記録したのです。コーチからも「技術的には世界のトップとも渡り合えるところまできた。あとはパワー」というお墨付をもらいました。

その大会から横浜大会までスイムで好調を維持していた椿選手でしたが、一方で「好調だっただけに、疲れが溜まってスイムの動作が崩れていることに気づくのが遅れてしまった。コーチの指摘でハッとなったのですが、疲れが溜まってからのレースでは確かにフォームががむしゃらになってきて、それが終盤戦に出てきてしまったという感じでした。せっかく身に着けた技術もパワーとスタミナがなければ活かすことができない、そこに気づいたことで、もう一度身体づくりから見直そうという気持ちになりました。

筑波大学の学生として勉学とトレーニングに励む椿選手は、週末のたびに、所属する村上塾の本拠地である栃木県宇都宮市まで足を運ぶ日々を続けています。しかし、「とにかく強い選手たちとトレーニングをしたい。そうしなければ成長が止まってしまうという危機感を今シーズンの戦いの中で実感した」と話し、来季、さらなるステップアップをめざして新たな取り組みを計画しています。

「年明けとともに世界選手権のチャンピオンを育てたカナダ人コーチの指導を受けるために香港へ行き、その後は世界のトップ選手が所属するニュージーランドのクラブへと出稽古に行く準備を進めています。世界の強さを実感しながら毎日揉まれて、それを当たり前として受け止めるようにまずはなりたい。そうしながら宇都宮にも定期的に帰って、コーチにチェックとアドバイスをもらう予定です。なんとしても強い選手とトレーニングをしたい!という自分の意思を伝えて、コーチにも承諾していただきました。

リオオリンピックに向けた再出発となる2013年。「一番したくないことは後悔。そうした決意をもって、コーチに自分の意思を強くぶつけたのは初めてのことでした」という椿選手。「それを理解してくれたコーチのためにも、もちろん自分自身のためにも、来季はオリンピックにつなげるためにしっかりとした土台を作るシーズンにしたいと思います。やれる限りのことは全部やる覚悟です!」と締めくくってくれました。