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[Case13]経験や体力の差が出にくいタグラグビーに着目し、成功体験を積み重ね自信を取り戻すきっかけに

提供教材:タグラグビーセット

社会福祉法人天王谷学園(兵庫県神戸市北区)

体力向上に加え新たな才能の発掘と、達成感による自尊感情の高揚を目指す

さまざまな事情で保護者のもとを離れて生活せざるを得ない子どもたちが暮らす天王谷学園。競技歴や体力、技術力の差が出にくく、接触プレーがなく安心して行なえるスポーツとしてタグラグビーに着眼。指導者自身がラグビー経験を有し、ラグビーを通じて得た数々のものを子どもたちにも体験させたいと取り組む様子をご紹介します。

Philosophy: 施設にいるからこそ、色々なコトを体験させこれまでの辛い記憶を新たに塗り替える

「児童養護施設には、私たちが考えられない経験をしてきた子どもたちも入所してきます。中には自分の存在意義に疑問を抱き自信を持てない子どももいます。そんな彼らにさまざまな経験をさせ、小さいながらも成功体験を積み重ねながら徐々に自信を取り戻してほしい。過去は変えられませんが、その上から塗り替えたいのです」と語るのは社会福祉法人天王谷学園・施設長の波来谷徹生(はこたに てつお)さんです。

勉強はもちろん季節ごとの行事や地域との交流など、さまざまな取り組みを行なっている中で、特に力を入れているのがスポーツだそうです。その理由について、「体力が付くこともスポーツ全般のメリットですが、協調性や思いやりと言った精神面での成長も期待できます。勉強ですと、長いこと学校に行けなかった子どももいるので、できる・できないの差が大きいのですが、スポーツなら全員が同じように挑戦できますからね」とのこと。

何と言っても天王谷学園の大きな特徴は、緑豊かな自然環境です。「コンビニエンスストアも近くにないし、夜になれば街灯もないので真っ暗闇。子どもにとって、無駄な刺激が一切ない。入所してしばらく経つと子どもの表情が柔らかくなるんですよ。オタマジャクシやカブトムシを捕って育てる子もいて命の大切さを学ぶ機会にもなっています」と続ける波来谷さん。満点の星空を見上げて「宇宙がある!」の名言を吐いた子どももいるそうです。

Plan: さまざまなスポーツを体感させる一環にタグラグビー

指導員の中にラグビー経験者がおり、自身がラグビーを通じて学んだ数々のことを子どもたちにも体感させたいと常々考えていたところ、当財団から教材提供の案内が舞い込んだそうです。その年の抽選には外れたものの翌年も続けて申し込んだところ見事当選。「タグラグビーは鬼ごっこの延長で子どもたちにも受け入れられやすいでしょうし、接触プレーがなく安心です。またゼロからのスタートなので経験値の差が出にくく、さらに適材適所で誰もが気軽に始められる。チームワークでボールをつなぎゴールを目指すという点など、これまで取り組んで来たフットサルと共通する要素もあって、さまざまなスポーツを体験させる一環としてふさわしいのではないか」と波来谷さんも乗り気になったと言います。

Do: 遊びの要素を練習に取り入れ、まずは楽しく

「実は、最初からゲームをさせたんです」と話すのは、ラグビー経験者で天王谷学園のスポーツ担当とも言える指導員の松本充史(あつし)さん。「ボールを前に落としたり投げてはダメ、タグを取られたらすぐにパスするなど、簡単なルールだけ説明して、まずは子どもたちにタグラグビーの楽しさを体感してもらいました」

おそらく日頃、他の色々なスポーツを通じて身体能力が高く、ボールの扱いにも手慣れた子どもたちだからこそ、可能だったと思われる手法です。

そして週に1回、小学校の校庭解放を利用し、園の小学生15人に加え、彼らの姿を見て興味を持った一般家庭の児童2人も加わってタグラグビーを実施。「ラグビーと異なるのでガイドブックを参考にしながら、鬼ごっこの要素を含んだ練習や2人1組になって手を握り合いタグを取り合うゲームなど、普段から親しみのある遊びに似た練習方法を取り入れ、楽しさを体感しタグラグビーへの興味関心を持続できるように心がけている」そうです。

Check: 楽しむだけでなく、勝利を意識した目標へ前進

タグを付けていない時でも「タグ!」と言ってエアタグごっこをしたり、楕円形のボールにも徐々に慣れ、簡単なルールの試合を楽しんでいる子どもたちの姿に「このまま楽しいタグラグビーを続けるのか、それとも少しステップアップして公式戦にエントリーし勝利を目指すか、子どもたちに持ちかけました」と松本さん。負けん気の強い子が集まっていることもあり、子どもたちは「試合に出たい」「勝ちたい」と前向きな回答を多く得たことから、この5月に行われる関西タグラグビーフェスティバルにエントリーを決定。現在では、「ただ楽しいだけでなく、どうしたら勝利できるかを念頭に、公式戦を意識したルールの定着や技術向上に繋がるよう、子どもたち自身に理解・考えさせながらの練習に励んでいる」と松本さん。

家族のように日々ともに生活し一人ひとりのことを理解しているからこそ、練習中もその子どもにあったアドバイスを送ったり、様子を伺いながら最適なポジションに配置。適した状況に置かれるからこそ、子ども自身も上達した手応えや「できる喜び」を体感する機会も増え、タグラグビー導入時の目標「自尊感情の高揚」に結びついているようです。

Action: このまま勝ちにこだわり続けるか、楽しむか今後の方針は子どもたちの選択次第

「タグラグビー導入による子どもたちの変化は、具体的な数値として現れている訳ではありません。でも上級生が下級生に指示を出したり、声を出すよう促したり、特にメンタル面で、チーム全体で成長している手応えを感じています。関西タグラグビーフェスティバル出場後に改めて質問紙調査を行い、公式戦参加前後で比較したいと思います。そしてこの先も勝ちにこだわったタグラグビーを続けたいのであれば、秋の大きな大会に向けて改めて目標と練習方法を考えます。もし楽しいだけのタグがいいということになれば、取り組み方も変わってくるでしょう。今後の方針は、あくまでも子どもたちの希望次第ですね」と松本さん。

ラグビーの思いやりある連携プレーの魅力と、子ども各人の性格・個性を熟知している松本さんだからこそ、子どもたちの自信とモチベーションを高め、目標も少しずつステップアップしていくサイクルの仕組みづくりに成功しているように見受けられました。

(2015年4月取材)