調査研究

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コラム

考察-成田緑夢を考える

小淵 和也氏

笹川スポーツ財団
スポーツ政策研究所
主任研究員 小淵和也

平昌大会に出場した選手の認知度をみると、成田緑夢選手の「一人勝ち」が明らかになった。成田選手を「知っている」(29.2%)と「聞いたことがある」(21.7%)を合わせると回答者の過半数が成田選手を認知していた。また、図表2の結果から、成田選手の実施競技がスノーボードだと認識している人も84.1%と非常に高く、多くの人が『スノーボード選手・成田緑夢』を認知していることがわかる。平昌大会をテレビやインターネットなど何らかのメディアで観戦した人と観戦しなかった人に分類して『スノーボード選手・成田緑夢』の認知度をみると、観戦した人は86.2%、観戦しなかった人は77.7%であった(図表17)。注目は、平昌大会を観戦しないにもかかわらず、『スノーボード選手・成田緑夢』を77.7%の人が認知していることである。平昌大会に出場した選手のなかで、観戦しない人の認知度が約8割となったのは成田選手のみにみられた傾向であり、成田選手が「障害者スポーツ」「パラリンピック」の枠に留まらずに、メディアで取り上げられていたことが推し量られる。

その要因を成田選手の生い立ちや取り組みなどから探ってみたい。成田選手は、熱血指導で有名な父親に育てられ、兄と姉はスノーボード競技でトリノ・オリンピックに出場した成田童夢さんと今井メロさんである。成田三兄弟の末っ子として、幼少期からメディアの前に登場する。成田選手本人もトランポリンで全国大会優勝、2012年ロンドン・オリンピックでは、日本代表の最終選考まで残った。同年には、フリースタイルスキー世界ジュニア選手権・ハーフパイプで優勝を飾るなど、日本のトップアスリートとして活躍を始めた頃であった。その練習中の事故で重傷を負い、左足切断の可能性、歩ける確率20%との診断を受け手術を繰り返した。結果、左膝下の感覚を失う。本人曰く“一番落ち込んだ”時期を過ごすことになる。

その後、自身の目標をパラリンピックに設定してからの動きが非常に興味深い。自らでトランポリン教室を開いて収入を得て、スポンサーも自らで探す。世間がイメージする障害者像を次々に塗り替えるような行動で、周囲の固定概念を変えていったのである。平昌大会が近づくと、メディアは、“成田三兄弟の末っ子がパラリンピックを目指す。なぜ障害者になったのか?”に注目する。リハビリテーションの一環で始めたスポーツで、誰かを励ませられるかもしれないと感じ、パラリンピックで夢や希望を与えられる選手になりたいと決意した成田選手は、メディアからのプレッシャーを真摯な対応で追い風にしたうえで、ソーシャルメディアを駆使し、海外で出場した大会終了後には、テレビ電話を通して自ら記者会見を開くなど、積極的な情報発信を行った。平昌大会出場からの金メダル獲得までの過程を“アスリートYouTuber”として動画配信を続けた。これまでになかった情報発信に加えて、成田三兄弟への興味も相乗効果となり、注目度は一気に増した。

図表3で平昌大会の観戦形態についてたずねたが、「インターネット動画で中継を観た」「インターネット動画でニュース番組を観た」「インターネット動画で選手・競技を紹介した特集番組を観た」が2014年、2016年、2018年と、いずれの観戦形態でも増加傾向にあった。幅広い世代でインターネット利用が日常的になった昨今の社会環境も、“アスリートYouTuber”にとっては追い風になったであろうと推察できる。

ソーシャルメディアなどを活用することで、テレビや新聞などのマスメディアを媒介せず、直接興味のある人に情報が届く時代となった。図表11で、20~40代の女性人気が高かったことも明らかになり、今まで「障害者スポーツ」「パラリンピック」に興味がなかった人たちが、純粋にコンテンツの面白さ、興味深さをきっかけに目を向け出したという点からも、“アスリートYouTuber”の果たした貢献度は非常に大きかったと言えるだろう。成田選手のアスリートとしてのストイックな姿勢に加えて、前述した様々な要素が絡み合い、人々は「成田緑夢」に接触する機会が増えていった。彼自身のたゆまぬ努力、取り組む姿勢を見聞きするなかで、人々は共感し、同じ目線、同じ気持ちでパラリンピックに“参加”した。その結果としての金メダル獲得となれば、熱狂が最高潮となったのは想像に難しくないだろう。

「成田緑夢の金メダルストーリー」は、すでに多くの人々を魅了したが、これで完結とならなかったのが、人々の期待をさらに膨らませてくれた。スノーボード競技から引退して、2020年東京大会をカヌー競技で目指すことを宣言したのだ。少なくてもあと2年は、金メダルストーリーが紡がれる可能性が残ったのだ。人々を魅了し、メディアの注目を浴び、人々が応援したくなったのは、どん底を味わった成田選手が、苦労や挫折を乗り越えて、一気に頂点に駆け上がっていくという爽快なストーリーを完結させたからに他ならない。

パラリンピックやパラリンピアンへの世間の注目度は、過去に例がないほど高まっている。2020年東京大会に向けた社会環境の整備は着実に進んでおり、パラリンピック自体は大成功の予感を漂わせる。東京で開催される2回目のパラリンピックに求められるのは、“その先”である。パラリンピックを通して、我々はどのような社会変革を起こすことができるのか?「成田緑夢の金メダルストーリー」は、障害者への偏見を根本から見直す大きなきっかけになるはずである。多様性を認め合える社会を、自らの活躍で作っていけるヒーロー・ヒロインは、子どもたちの価値観にも大きな影響を及ぼすだろう。「障害者がいて当たり前の社会」が価値観として根付くためにも、ヒーロー・ヒロインは必要となる。これまでの足跡からも成田選手に、その役割を期待せずにはいられない。

図表17 成田緑夢選手の認知度と実施競技の正答率
参考文献等 (2018年7月31日時点)

成田緑夢Twitter:https://twitter.com/gurimunarita
近畿医療専門学校:http://www.kinkiisen.ac.jp/narita/
NHK SPORTS STORY:https://www.nhk.or.jp/sports-story/detail/20180317_2612.html

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