スポーツチャレンジ賞

このページをシェア

YMFS SPORTS CHALLENGE PRIZE SPECIAL CONTENTS

第6回 功労賞 臼井二美男
PERSON

第6回 功労賞 臼井二美男


スポーツ用義足開発の第一人者として「走る歓び」を提供する挑戦

かつて日本では、義足は生活するための必要最低限の保障であり、歩き、移動するためのものだった。鉄道弘済会義肢装具サポートセンターで義肢装具士として働いていた臼井氏は、1989年にオーストラリアで開かれた国際義肢学会で義足のアスリートと出会う。歩くための装具で走る姿を目の当たりした臼井氏は衝撃を受け、これを契機にスポーツ用義足の開発を開始する。同時に大腿切断患者約1,000人を対象とした国内調査を行い、義足を使って交互に足を出せる人が「ほぼゼロ」であることを把握した。

アメリカの学会誌などを参考に独学でスポーツ用義足の研究を進めながら、臼井氏は1991年、切断患者対象の陸上クラブチーム「ヘルスエンジェルス」を創設。休日を返上して練習会を重ねることで、このトレーニングを通じてこれまで約130人が「走る歓び」を再び手に入れた。この活動について臼井氏は、「彼らに力強く生きてもらうための手伝いが目的。アスリートの育成が主眼ではない」とその意義を話すが、やがてクラブからは鈴木徹選手(走り高跳び)、佐藤真海選手(走り幅跳び)、中西麻耶選手(走り幅跳び、短距離)、藤田征樹選手(自転車)ら多数のパラリンピック選手が誕生し、世界を舞台に活躍するようになった。2004年アテネ大会からの3大会では、日本選手団の義肢メカニックとして現地サポートも行っている。こうした中、アテネの会場で独自の構造を持つ臼井式の義足を海外トップ選手が装着しているのを見た鈴木選手は、「世界が臼井さんを追いかけ始めた、と感じた」と振り返る。

臼井氏がスポーツ用義足の開発を開始してから四半世紀。障害者スポーツの認知は徐々に高まり、臼井氏を師としてその背中を負う若者も現れ始めている。現在は若い二人の義肢装具士が臼井氏とともにスポーツ用義足の製作に取り組みながら、合わせてヘルスエンジェルスの運営サポートを行っている。

第6回 功労賞 臼井二美男

臼井二美男義肢研究員、義肢装具士(1955年生・群馬県出身)

28歳で鉄道弘済会義肢装具サポートセンターに就職。一般用途の義足の研究・開発・製作を行うとともに、30代半ばから独学でスポーツ用義足の研究を開始。アメリカから部品を取り寄せるなどして国産初のスポーツ用義足を完成させた。以来、スポーツ用義足の性能向上に取り組むとともに、切断患者に「走る歓び」を提供することを目的とした陸上クラブチームを創設。クラブの主宰者として現在までに約500回の練習会を重ねている。現在も鉄道弘済会義肢装具サポートセンターで約400人の義足使用者を担当するが、その9割はスポーツと無縁の人々であり、そうした患者に生活保障のための義足を提供している。



「BACK STORIES」トップにもどる
「スポーツチャレンジ賞」トップにもどる

一つ前のページにもどる