スポーツチャレンジ賞

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第6回 奨励賞 東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会 戦略広報部
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第6回 奨励賞 東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会 戦略広報部


戦略広報という立場から東京2020招致を支えたプロフェッショナル

2011年9月に設立された東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会は、行政、民間、スポーツ界、各団体などから2年間限定で集まった約40名の組織だった。その中で、各種プレゼンテーションの支援、海外メディア対応、国内支持率アップ等の業務を担い、それらのためのPR素材の作成やソーシャルメディアによる情報発信を行ったのが鈴木德昭部長をリーダーとする戦略広報部10名だった。

招致活動では二つの大きな課題があった。一つは2012年5月の時点の国内支持率がわずか47%であったこと。戦略広報部では、調査の結果から主要ターゲットを若年層と女性層に絞り込み、さらにロンドンオリンピックの余韻を最大限に活用して徹底的なメディア露出拡大戦略を実行に移していった。50万人を集めた銀座パレードでのPRはその象徴的な活動の一つとなり、これを契機に上昇に向かった支持率は2013年1月の独自調査で73%まで高まった。

もう一つの課題は、「なぜ東京で開催するのか?」(WHY)という開催理念の問題だった。「どのように運営するのか?」(HOW)については、東京は当初からダントツの評価を得ていた。しかし一方で「開催理念が伝わって来ない」というメディアの声は小さくなかった。これに対して戦略広報部では、東日本大震災によって「スポーツの力」を再認識した点を強調する戦略を策定。多くのアスリートが被災地支援を行った日本だからこそオリンピックの価値を次世代に継承することができ、IOCのパートナーとして相応しいと訴えた。2013年1月10日にロンドンで開いた記者会見では、国際メディア35社を含む計63社105名の前でこの「WHY&HOW」について胸を張って説明した。

こうして万事を尽くしたはずだったが、最終プレゼンテーションの直前には、海外メディアやIOC委員から汚染水問題が指摘され、招致は最大のピンチを迎えた。しかし状況を冷静に捉え、「誰が」「いつ」「誰に対して」「どのように(どのような機会に)」メッセージを発信するかについての戦略を立案し、それを実行することで最大のピンチを脱した。

招致活動の集大成となる最終プレゼンテーションでは、プレゼンターの選出から始まり、プレゼンターへのプレゼンテーショントレーニングやメディアトレーニングを実施した。高円宮妃久子さまからの感謝のスピーチ、佐藤真海選手によるスポーツの力、竹田恆和理事長による日本の道徳教育、水野正人専務理事による東京ならではのコンパクトな開催、猪瀬直樹都知事による東京の魅力、滝川クリステルさんによるおもてなしの心、太田雄貴選手による選手目線の運営、さらに安倍晋三首相による力強い政府保証、再び竹田理事長が登壇し、自分もオリンピアンであること、そしてスポーツを通じた日本の国際貢献を約束する「Sport for Tomorrow」を紹介し、最終プレゼンテーションを終えた。

招致委員会で唯一、2016年の落選を経験し、現在は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会で戦略広報課長を務める髙谷正哲シニアディレクター代行(当時)は、「コンサルタントの指示で右から左に業務をこなすことで精一杯だった前回に対し、今回は立ち上げ当初から全体像を理解した上で仕事ができた。一つひとつの仕事の質を高めるというスタンスは、最終プレゼンテーションでも活かされたと思う」と語り、組織委員会での活動についても「招致活動において我われはIOCや国際スポーツ界に向けて多くの約束をした。特に『復興活動の一環で日本のスポーツ界があらためて認識したスポーツの力を世界に向けて発信することで、社会におけるスポーツの価値向上に貢献する』という大きなビジョンについては、しっかりとその責務を果たしていかなくてならない」と語る。

東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会 戦略広報部

鈴木德昭(国際・戦略広報担当部門長 兼 戦略広報部部長)、髙谷正哲(シニアディレクター代行)、西村亮(副部長/国内広報ディレクター)、首藤久雄(国際広報ディレクター)、宮脇奈緒(スーパーバイザー)、江上綾乃(スーパーバイザー)、里博美(スーパーバイザー)、松波暁子(マネージャー)、森岡宏太(マネージャー)、柴田若菜(シニアスタッフ)



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