INTERVIEW


SHOTA NAKAJIMA × TOMOKO HAGIWARA
【対談】中島正太×萩原智子

【対談】中島正太×萩原智子

アナリストとしてのラグビー人生

SHINICHIRO FUJIWARA × TOMOKO HAGIWARA
【対談】藤原進一郎×萩原智子

【対談】藤原進一郎×萩原智子

スポーツの生活化を目標に


MITSUNORI TSUMAKI × TOMOKO HAGIWARA
【対談】妻木充法×萩原智子

【対談】妻木充法×萩原智子

このままじゃマズい、が僕の治療を進化させる

MASAHISA MONDEN × TOMOKO HAGIWARA
【対談】門田正久×萩原智子

【対談】門田正久×萩原智子

障がい者スポーツトレーナーの道標として


MASANORI TAKAYA × TOMOKO HAGIWARA
【対談】髙谷正哲×萩原智子

【対談】髙谷正哲×萩原智子

日本のスポーツを一段階上のステージに

FUMIO USUI × TOMOKO HAGIWARA
【対談】臼井二美男×萩原智子

【対談】臼井二美男×萩原智子

スポーツの効能みたいなもの


NAOKI EGURO × TOMOKO KOJIMA
【対談】江黑直樹×小島智子

【対談】江黑直樹×小島智子

私の夢を選手たちが一緒に追いかけてくれた

YUTAKA HIGUCHI × TOMOKO KOJIMA
【対談】樋口豊×小島智子

【対談】樋口豊×小島智子

純粋なスケートの楽しさを知ってほしい

インタビュアー

萩原智子

TOMOKO HAGIWARA

(はぎわらともこ、1980年4月13日)中学3年生時に、海外遠征カナダ選手権200m背泳ぎで、当時、日本歴代2位となる日本中学新記録樹立。高校インターハイでは、200m背泳ぎで、3連覇達成。同年アジア競技大会では、個人、リレー種目で、3個の金メダルを獲得。2000年シドニー五輪、200m背泳ぎ4位、200m個人メドレー8位入賞。2002年日本選手権では、100m、200m自由形、200m背泳ぎ、200m個人メドレーで史上初の4冠達成。「ハギトモ」の愛称で親しまれ、2004年現役引退。5年の歳月を経て、2009年現役復帰宣言。復帰レースとなった新潟国民体育大会では大会新記録で優勝。翌年2010年には、30歳にして日本代表に返り咲いた。同年、ワールドカップ東京大会で50m自由形、100m個人メドレーで、短水路日本新記録を樹立。順調な仕上がりを見せていた矢先、五輪前年である2011年4月に、子宮内膜症・卵巣のう腫と診断され、手術。手術後は精力的にリハビリに励み、レース復帰。2012年2月のJAPAN OPENでは、50m自由形で短水路日本記録を樹立。4月に行われたロンドン五輪代表選考会ではレベルが上がってきた女子自由形で、堂々と決勝に残り、意地を見せた。2013年6月、日本水泳連盟理事に就任。現在はテレビ出演や水泳教室、講演活動など多岐に渡る活動を行っている。また、自ら現場に行って取材を行い、ライターとしても活躍中である。

インタビュアー

小島智子

TOMOKO KOJIMA

(こじまともこ、1978年3月23日)は元NFLチアリーダー日本人初チームキャプテン。NFLのタンパベイ・バッカニアーズで2003年から2011年まで日本人最長記録となる8シーズン連続チアリーダーを務めた。最終年にはNFL史上初の日本人チームキャプテンとして活躍した。8シーズンのうち4シーズンはチーム内で選ばれる選抜チームのメンバーにも選出され、日本、イギリス、グアム、ハワイ、韓国、エクアドル、ホンジュラス、キュラソー、オーストラリアや米国内でNFLプローモーション活動や米軍慰問活動を行った。日本には2003年のバッカニアーズチアリーダーズとしてのデビュー戦となったアメリカンボウルを含め、3度ほど来日している。大阪府生まれ。身長:163cm、血液型:B型。帝塚山学院中学校・高等学校、立命館大学経済学部卒業