スポーツチャレンジ賞

第4回 功労賞 水谷 章人さん

水谷 章人さん
Profileスポーツ写真家/一般社団法人日本スポーツプレス協会会長 1940年生・長野県出身

1965年東京総合写真専門学校を卒業。1970年に富士フォトサロンで個展「限界に挑むスキー」を開き、これをきっかけにさまざまなスポーツの一瞬をクローズアップで表現する作品を多数の雑誌、写真集、写真展等で発表。1993年に日本スポーツプレス協会会長に就任。2001年からはJCIIスポーツ写真プロ育成セミナー「水谷塾」を主宰。主な受賞歴に講談社出版文化賞(1981年)、日本写真協会賞作家賞(2007年)など。


選考のポイントとなったチャレンジの軌跡

独創的な表現でスポーツの魅力を伝え、スポーツ写真家の育成・環境整備にも尽力
〜スポーツグラフィックの新たな境地を拓く〜

1982年日本選手権水泳競技大会(飛び込み/馬淵よしの選手)
Number誌
「THE SCENE」より

写真学校を卒業したのち山岳写真家を志した水谷氏は、雪山の点景の一つとしてスキーと出会う。元オリンピック選手であった杉山進氏らによる極限の滑りに魅せられた水谷氏は、若き日の3年間、志賀高原に開講した杉山進スキースクールでプロスキーヤーやスクール生の撮影に取り組み、のちに「水谷流」と呼ばれる独創的な作風と撮影技術の基礎を築いた。これらの作品を1970年に開いた個展「極限に挑むスキー」で発表すると、被写体に肉薄したクローズアップの撮影術が大きな話題を集め、これをきっかけに1975年毎日グラフ誌(毎日新聞社)で「パワー&スピリッツ」が、続いて1980年にはNumber誌(文藝春秋)でも「THE SCENE(ザ・シーン)」の連載がスタートした。いずれの作品もさまざまなスポーツを題材にしながら、大胆な構図でアスリートの圧倒的な美しさや力強さ、時には脆さまでを一瞬のクローズアップで切り抜くことでスポーツ写真の新境地を示し、特に「THE SCENE」はその後のスポーツ写真の表現に大きな影響を与えるとともに、スポーツ写真家を志す若者を大いに刺激したとされている。

日本を代表するスポーツ写真家となった1993年には、日本スポーツプレス協会の会長に就任。写真家やジャーナリストの権利を守るための諸活動や活躍のための環境整備を行いながら、2001年からはJCIIスポーツ写真プロ育成セミナー「水谷塾」を主宰し、後進の育成にもつとめている。現在では、同セミナーの修了生約50人のうち約半数がプロスポーツカメラマンとして活躍している。

受賞者のコメント

水谷 章人さんこの度は意義ある賞をいただきまして、ありがとうございます。今年は雑誌デビューして45年、私にとりましても記念にしたい年でもありました。こうしたタイミングに、スポーツ写真家としての私の仕事を評価くださり、大変嬉しく、光栄に思います。長いようで短く感じた45年。私を支えてくれた多くの関係者のおかげでスポーツ写真一途に歩むことができ、今日の私があることに感謝しております。この賞に恥じぬよう、これからもスポーツ文化発展のために、微力ながら後進の人材育成と自らの作品創りにチャレンジしていきたいと思っております。

応援者のコメント

日本カメラ財団 JCIIフォトサロン 本橋 正義さん

日本カメラ財団 JCIIフォトサロン 本橋 正義さん同級生として、また写真ラボにかかわる人間として、水谷さんとのお付き合いはもう50年近くになります。まだ若手の写真家であった頃、「もうすぐ週刊誌で連載が始まる」と嬉しそうに話してくれたことを思い出しますが、彼が情熱を注いだその初めての連載も、現像代やプリント代を差し引けば赤字だったことでしょう。でも彼はお金なんて二の次、良い写真を撮ってたくさんの人に見てもらうことだけに一心不乱という日々を送っていました。その後、独自の世界観が認められて、スキーのワールドカップなど彼の撮影活動も海外に広がっていくわけですが、驚いたことに今でも外国語は一切だめなんだそうです。それでも結果だけはきちんと残してくる。言葉の通じない海外でどうやって生活をし、どうやって撮影しているのか不思議でならないのですが、そのずうずうしさに感服します。

すでにスポーツ写真の世界では日本を代表する写真家として名を上げた水谷さんですが、今でも彼のチャレンジスピリットは衰えていません。最近では故郷の信州・飯田で風景写真に取り組んでいるそうです。ぜひ風景写真の世界でも「70代の新人賞」をめざしてほしいと思います。まだまだ若い人たちの見本になってもらうよう、ますます頑張ってください。


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