基調講演
基調講演
日時 3月18日(金) 16:45〜17:30
講演者 柳 敏晴
公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団 理事
学校法人玉田学園 神戸常盤大学 教育イノベーション機構長 教授
演題 生きる時間

プロフィール

柳 敏晴(やなぎ としはる)

1947年3月生まれ。1969年3月東京教育大学体育学部卒業。財団法人神戸キリスト教青年会(神戸YMCA)主事、国立大学法人鹿屋体育大学教授・海洋センター長、公立大学法人名桜大学人間健康学部教授・学部長、日本野外教育学会理事、日本生涯スポーツ学会理事、日本海洋人間学会副会長、国際ボランティア学会理事、特定非営利活動法人日本ラケットボール協会理事長、財団法人日本マリンスポーツ普及教育振興財団理事。主にスポーツ・レジャー・レクリエーションのマネジメント、指導者養成、安全と管理を研究。


  • ※2016年3月7日現在

演題:生きる時間

講演者 柳 敏晴
公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団 理事、学校法人玉田学園 神戸常盤大学 教育イノベーション機構長 教授

チャレンジとは何かを、あらためて考える

地球の誕生から私たちの命があるわけですけれども、まだまだ分からないことがたくさんあります。その中で人類の歴史なんて、本当に短いものではないかなと思います。魚類が生まれたり、脊椎動物が陸上へ進出したり、類人猿からだとわずか400万年くらいの時間です。

地球表面積の約70パーセントが水で、地球と呼ぶよりも「水球」と呼ぶのが相応しい惑星に私たちは生きています。陸地で最も高い山は……、そう、エベレストです。エベレストはイギリス人の測量技師の名前ですね。インドと中国とネパールにまたがるこの山を、中国ではチョモランマ、ネパールではサガルマータと呼びます。標高は8,848メートル。高度100メートル上がると気温は0.6度下がりますから、山頂は地表より約53度も低い、ですから赤道直下のようなところでも雪が残っているわけです。

さて、三浦雄一郎さんが、平成25年にこの山に80歳で登られました。さらに85歳で再び登るため、今もチャレンジを続けられています。鹿屋体育大学スポーツ科学研究センター長の山本先生によると、三浦さんの脚力は40代のものだそうです。40代の脚力があるからこそ、80歳でもエベレストに登れる訳です。トレーニングは継続ですね。

では、海で最も深いところは、エベレストと較べてどうでしょう? マリアナ海溝の深さは11,000メートルです。水圧は水深10メートルで1気圧増えるので、100メートルで11気圧にもなります。マリアナ海溝はチャレンジャー・ディープと呼ばれています。100年以上前、英国のチャレンジャー号という船が、このあたりを何年かにわたって調査したからです。これが、今の海洋学の基礎となりました。かなり時間を掛け、お金も掛けて、イギリスの船が海の全部を調査したのです。

皆さん、ジャック・マイヨールという人を知っていますか? 船からワイヤーを下ろし潜る閉塞潜水で、初めて100メートルを超えた人です。彼は56歳で潜りました。潜るのに1分24秒、水深105メートルで15秒間停止して、そして1分36秒で上がってきました。潜水時間は3分15秒です。11気圧はウエートベルトが全部落ちてしまうほどの水圧ですが、人体の約70パーセントは水分だから潰されずに潜れます。

このように色々なチャレンジがあるわけですが、この「チャレンジ」という言葉をあらためて辞書で調べてみました。能力、力量を試される難題、仕事、問題、ザ・ビッゲスト・チャレンジというのは最大の難事です。問題視、異議、投票者への有効性、資格等への異議申し立て、そして、3番目に、挑戦、決闘、試合等の申し込みがあります。私たちがやっているのは、このチャレンジです。ギブ・ア・チャレンジ=挑戦する・挑む、アクセプト・ア・チャレンジ=挑戦に応じる、フェイス・ア・チャレンジ=挑戦に立ち向かう、さらに、ミート・ア・チャレンジ=難局にうまく対処する、このようなことが書かれています。

世界のフィールドで戦うチャレンジャー

田根剛さんというチャレンジャーがいます。建築家です。彼は北海道東海大学の建築学科からスウェーデンに留学し、著名なデザイナーのヘニング・ラーセン事務所で働いていました。26歳のとき、エストニア国立博物館コンペで最優秀賞を受賞しました。彼は「土地と人の思いを深く掘り下げて形にする手法は、過去と未来をつなぐ、唯一無二の場所を生み出していく」と話しています。

皆さん「とらや」をご存じですよね? そう、和菓子の老舗ですが、パリにもお店があります。和菓子のおいしさをヨーロッパに伝えた先駆けの存在です。田根さんは、この改築を頼まれました。そこで、彼は「とらや」の暖簾に対する関係者の思いを調べ、日本の和を前面に打ち出そうと考えました。キーワードは和菓子の精神性です。細やかな感性を重ね合わせて生まれる和菓子には、一つ一つに職人の魂が込められています。その思いを感じてもらえる店内にしたいと考え、丁寧に細工が施された木の温かみを添えることで、和菓子づくりに通じるクラフトマンシップを打ち出すとともに、漆喰壁から調度品に至るまで、全ての角を丸く削り、折り合いの文化を好む日本人の姿勢を表したということです。パリの漆喰職人は、最初「何で角を削るんや!」と抵抗したそうです。でも、田根さんは、ねらいを説明してそれを徹底したそうです。すると、職人も納得し自信を持ち、しっかり理解してくれたということです。

「とらや」の店の代名詞である羊羹をテーブルに再現すべく、フレンチオークに樹脂を塗り、寒天の艶やかさを演出したりもしたそうです。時代を超えて、暖簾を守ってきた人々への敬意が、枠にとらわれない、こうしたアイデアを生み出していったようです。皆さんに伝えたいのは、枠にとらわれないでほしいということです。このミーティングで異分野の人たちが出会っていることは、自分たちの狭い枠だけで考えたらあかんで、人間って、スポーツって、もっと広いもんや、そういう環境の中で幅広く考えてほしい、色んなものを吸収してほしいという思いがYMFSにあるからです。

土地に建てられる意味、空間が果たす役割、携わる人々の思いが形になったものが田根さんの建築です。単なる建物ではない唯一無二の場所を、その場所を、記憶を掘り下げる中で創っていきたいと考えられています。世界中、どこの土地にも必ず起源があり、積み重ねられてきた過去があります。その原点を掘り起こすことで、未来へと続く基軸が見いだされ、アイデアの扉が大きく開かれます。皆さんももう一度ぜひ、自分のやっている競技や研究の原点を徹底的に洗い直してほしいと考えます。必ず新しい展開が出てくると思います。建築も、スポーツその他のものも、基本は変わらないと私は思うのです。

追及する好奇心を持とう

田根さんは、ジェフユナイテッド千葉ユースの選手だったそうです。しかし、サッカーが好きだからこそ、だらだらと続けたくはなかったと述べられています。自分と周りの選手たちを比較し、きっぱりやめて別の道に進まれました。そこで、彼は大学2年間で全ての単位を取得されました。さらに、北欧スウェーデンに留学し、デンマークの研究所で学び就職し、腕を磨いて、ロンドンに行かれました。不安定な日々が続いたようですが「海外で結果を出したいという思いが自分を支えた」と言われています。

コンペの最優秀賞を受賞したとき、一緒に取り組んだのはレバノン人女性とイタリア人男性だったそうです。事務所は夫々違うのですが、勤務が終わってから集まり、議論を重ね、睡眠時間は短かったが、希望に満ちた、充実した日々だったそうです。エストニアの地図を見ていたら、ソ連占領時代の軍の滑走路が残っていたそうです。負の遺産ですね。それを土地の記憶として次代に受け継いでいくことが、本当の意味でのエストニアの歴史を語ることになると、メモリーフィールドを提案して採用されました。

私たちがチーム競技に取り組むとき、最初からうまくいくことはなかなかありません。関わる人々の責任感、良いものをつくろうという意志、その力が結集されると、想像以上のエネルギーが生まれ、イメージを越えてくれるということです。田根さんは、自分を鍛錬するために、常に考えることを課しているそうです。音楽家が毎日、練習するように、スポーツ選手が毎日トレーニングするように、建築家である自分は何をすればいいかというときに、さまざまな方向に考え尽くすことをルーティンにして、日々、自身の未知数に挑んでいるそうです。

研究や競技をされている皆さんも、ぜひ参考にしてください。朝飯前という言葉がありますが、朝ご飯の前は頭もフレッシュです。ですから朝食の前に自分の研究について、トレーニングについて、30分考える、それを続けていけば素晴らしいものができるのじゃないかと、私は思います。

田根さんを支えるエネルギーの源は、知りたいことを追究する好奇心です。自分を鍛え、進化を続ける彼の視点は、常に先の未来に向かっています。皆さまの視点はどこにありますか?生きている時間を大切にしてください。 これからのチャレンジに期待します。ありがとうございました。