クローズアップレポート

春田 純

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春田 純

陸上(障がい者スポーツ)/選手


北京の観戦者からロンドンの挑戦者へ
〜コンプレックスを乗り越え掴んだ日本最速の称号〜

陸上の再開と北京での決断

春田純選手は、障がい者陸上短距離走の下腿切断クラス(T44)で、2012年のロンドンパラリンピック出場をめざしています。春田選手は15歳のときに骨肉腫を患い左足の下腿を切断。このため、当時取り組んでいた陸上、プロへの誘いがあったというインラインスケートもやめ、さらに「今思えば心まで“障がい者”になってしまったのでしょう」というように、義足がコンプレックスとなりすべてに自信を失っていったといいます。そんな春田選手が再び陸上を始めたのが24歳、義足を作りにいった病院で実習生として働いていた現義肢装具士の沖野敦郎さんとの出会がきっかけでした。

沖野さんは「当時、障がい者スポーツはあまり知られていませんでしたが、彼と会ってその体格、体の使い方を見たとき、第一人者になって障がい者スポーツを盛上げてくれるんじゃないかと感じて誘いました。もちろん、それを口に出してはいませんが、淡い期待があったのは事実です」

一方の春田選手は「最初はコンプレックスを取り払うために陸上をやっていましたね。健常者と同じように走れるだけで良かったのです。その後タイムが伸び12秒台に辿り着いた頃には、自信もついて義足への抵抗はなくなりました」。こうして、春田選手は陸上を通じ“障がい者”の殻を破ったのです。

そんな春田選手に大きな転機が訪れます。その発端は北京パラリンピックの開会式に日本のスタッフとして参加していた沖野さんから届いた「世界はすごいぞ! すぐ北京に来い」という一本の電話でした。沖野さんは「海外の選手の“義足は脚なんだと思わせる自然な振る舞い”を春田君に肌で感じてもらいたい一心で電話しました。きっと春田君にとって大切な何かを得ることができると思ったんです」

それを受けてから数日後、春田選手はメインスタジアム“鳥の巣”の観客席に立っていました。「当時、僕にとって陸上は趣味であり、タイムも12秒台後半。パラリンピックは次元の違う世界で、出場する気持ちは微塵もありませんでした。ただ、9万人の大観衆で埋め尽くされた競技場、その中を世界の強豪や知り合いの山本篤君(YMFS第1期生)が戦っている光景を見て陸上に対する価値観が変わりました。僕もパラリンピックの舞台で走りたいと… 観戦者から挑戦者になった瞬間でしたね」

アスリート、そして障がい者としてできること

北京パラリンピックの観戦をへて春田選手は、ロンドンをめざすべく、陸上への取り組みすべてを変えていきます。「なかでも一番は知識を得ることでした。北京までは陸上に関しては素人同然だったので、正直何をどうすれば速く走れるのかわかりませんでした。そこで、知人にバイオメカニクスの大学教授を紹介してもらい、アドバイスや走りを分析してもらうなど、陸上と自分の体を知ることに力を注いだのです。そうしてアスリートとしての土台を築き、フォームやトレーニング方法を改善していきました」。

北京以前は週に1日程度だった練習は、トラックとウエイトで週6日。さらに健常者の練習パートナーを見つけ、ウエイトはトレーナーとともに質の向上を行いました。また義足は250gの軽量化を行い、板バネは緻密なアライメント調整に取り組み、筋力に合わせて硬さを変えるなど、より専門的な追求を行ったのです。

さらに8年間、義肢装具士として春田選手を支えてきた沖野さん。一変した生活のリズムに歩調を合わせ、食事などの体調管理をしてくれる奥様の麻子さんたちの力が加わり、成長を遂げていきます。

こうした結果、2009年のIWAS世界大会(インド)で12秒15という日本新をマーク。さらに2011年5月の新日本製薬大分陸上では、「自分でも驚いた」というT44で日本人初の11秒台(11秒95)を記録して2011年の世界ランキング8位まで駆け上がります(2011年8月現在は11位)。

「脚を失っていなかったら、今とはまったく違う人生が待っていたでしょう。でも、脚を切断したことでいろいろな経験と目標ができ、僕の人生は文句なく素晴らしいものになっています。そうした人生を演出してくれた人々に感謝の気持ちを伝えるためにもロンドンに出場しなければなりません。同時に僕が陸上に救われ、北京で目標を得たように、“障がい”をマイナスと考える人たちに、走り続けること、ロンドンの舞台に立つことで力を与えたいのです。“障がい”はプラスにもできるんだって!」

実際、春田選手の活動に刺激を受けて、この世界に入ってきた選手も存在します。佐藤圭太選手がその一人。現在、100m(T44)など数種目でB標準を切っておりロンドン出場に向けて春田選手と切磋琢磨する存在へと成長しています。

「自分のため、援助者のため、そして障がいを持つ人のために走る。背負うものがどんどん増えて、苦しいしプレッシャーになっていることも確かです。でも成績がでて、佐藤君のような選手が現れ、自分のやっていることが間違っていないことも確認できました。背負うものが多ければ多いだけ力もついてくるんです。だから11秒台に入ったといって満足できません。入って当然、ロンドンの内定ももらっていないし、これからが本当の勝負ですから。とにかく、ロンドンのファイナリスト、いやメダリストをめざしやってやりますよ!」

現在は11秒5へ向け、上半身の筋力アップなど新たなステップに入った春田選手。ロンドンに向けた新たな挑戦は既に始まっています。



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